【空間調律(くうかんちょうりつ)】
― 資本主義のノイズを脱ぎ、光のリズムに還る場 ―
効率、目標達成、願望実現。
現代社会は、人間が作った窮屈な
「計算(ロジック)」のシステムに縛られています。
ブランドや肩書き、資本主義のルールの中で
「上だ下だ」「カッコいいダサい」
とやり合っている世界。
私は、そのハリボテの見掛け倒しの世界を
ダサいと感じるわけです。
私は生まれ持った独自の身体性(※斜視の脳・脱力体質)により、世間の細かな知識を覚えるコストをすべてパスしてきました。
その代わり、社会や人が抱える
「構造的な矛盾」や、
重なり合う「場」の歪みが
景色の一部として一発で分かってしまいます。
かつてファッション撮影という世界にいた私は
夫(建築家・◯◯氏の元で空間の本質に触れていた男)から「あんな服を着るくらいなら裸の方がマシだ」
「好感度で服を選んでる。全然似合ってないし、面白くない」と一刀両断されてしまう。
その瞬間に私の常識は木っ端微塵に打ち砕かれたんです。抵抗した末の白旗。どうでもいいプライドも一緒に壊れてしまいました。
オシャレも美意識も、
雑誌の受け売りや知識ではなく、
肉体の「運動神経」であり、
「リズム感」そのものです。
肉体の電気抵抗をゼロ(脱力)にしたとき、
初めてその人本来の美しいリズムが流れ出します。
私の本質はこの肉体の外側に広がる
「場(うねり)」そのもの。
私は誰かの悩みに人間として寄り添ったり
言葉で説得しようとは思いません。
ただ一緒に日常のひと時を過ごし
ウロウロと迷子になり
美味しいものを非言語で食べる。
そんな時間を共有します。
言葉で説得しなくても
重なり合う「場」の主導権が静かに同期し
全体の歪みが整えば、
あなたの五感や受け取る情報の質は、
あるとき勝手に変わります。
マーケティングのゲームを降り、
光の回路を駆動させて、
世界と新しくバッタリ出会っていく。
※斜視の脳(パターンの同時受容)
通常の脳は「左右の視覚情報を一つに統合(演算)」するために電気的な計算リソースを大量に使います。しかし斜視の脳は異なる二つの視界を統合演算せず、ありのまま並列に受け入れる構造を持ちます。これは光チップが「複数の波長(データ)を重ね合わせて同時に処理する」仕組み(波の多重化)に酷似しています。