今日はまったくもっての持論をメモらせていただきますね。
相変わらず移動を生きがいとしている身ですが、移動も多様化の時代になってきてるんじゃないかと感じるんですよねぇ。
特に速度の面で感じるのです。
地球のサイズは1周約4万キロ、飛行機を使っても通常一日で1周はできない程度の規模、ワールドです。
ここに今では70億人位の人が分散して、地表で生きてるってのがすごい世界だと思います。
振り返ってみると、そもそも地球が丸いと言われてなかった時代も有って、海の端っこは滝のように水が流れ落ちていると信じられてた時代が長かったという話も聞きました。
まぁそこまで戻らなくても、地球を旅するのに徒歩か馬、そして船しかない時代も長かったようですね。
やっと自動車、そして飛行機となって現代に続き、そのうちリニアモーターカーとかロケットとかになっていくんでしょうか。
上海のリニアモーターカーに初めて乗った時には結構感動しましたけど。
人の移動速度の限界から何十、何百倍も速い速度で移動できる道具を人間は開発して実用化してきました。
こんな事考えながら毎度やってるコトというのは、うまいもん食うためにてきとーに出かけること。
いつもやってるルーティーンをしながら移動できればサイコーです。
はい、いつもやってることと言えば、インターネットを使ってMacとスマホとiPadをいじりながら人とつながっていること。
私の場合、これに集約されます。
インターネットが無かった時代、具体的には「移動しながら」他の人達とつながることができなかった時代には、固定された室内に居なければならないとされていた時間が今の何倍も有った印象です。
そのくせリアルに面会しなければ人に会った、交流したことにはならなかったため、移動は速ければ速いほうが価値が有ると感じてきました。
速いものに乗って移動するために、特急料金を払うのは当たり前です。
が、本当にその速さ必要?って急に思ってしまったのです。
時は流れて日本でも4G通信が実用化された頃、各停人生が始まりました。新幹線に乗る代わりに各駅停車で移動、バスで移動、クルマの一般道路で移動、などなど。
ただ、自分で運転している場合はクルマ移動は音声のインプットだけになりますけど、基本「急いで」移動するくらいなら、いつも費やしている時間を「移動にも」充てるという、ある意味逆転の考えになりました。
日本の場合、電車など公共の空間
では会話や発声が禁じられている場合が多いので、結局文字通信がベースとなりますが、文章を書いたり、音楽作ったり、調べ物や創作など、多くのことが移動中にできるようになったことで、無駄と感じていた「移動時間」が無くなった感覚でもあります。
会社員の出張の話でも、昔は1泊だった東京大阪間の出張が日帰りになったとか、それじゃリモート会議以下のパフォマンスじゃね?と思うんです。
リモートでできないことを、移動を伴って実現する、ってとこに価値が生まれるんじゃないかなと思うですが、こんな人他に居ますかね?