#松尾芭蕉
#奥のほそみち
#学ぶ
#子育て
#【心理】
サキは、断らなかった。
むしろ顔には出さなかったが、心の中ではウキウキしていた。
夫の隆二には、久しぶり学生時代の友達と鎌倉に行きます、と伝えた。
紅葉の季節の鎌倉は車の渋滞が激しい、
二人は電車で出かける事にした。
案の定、鎌倉は駅前から既に、賑わっている
一つだけ気になったのは一也の口数が少ない事だった…。
それでもサキは長谷寺のパンフレットを見ながら
一也の横を歩いていた。
なごみ地蔵の前で、一也が言った
「どうして今日、来てくれたの?」
サキは一瞬戸惑いを見せたが、「一也さんが誘ってくれたからです」と答えた。
「ご主人には俺と行くって言ったの?」
「いえ、学生時代の友人と…」
一也は黙って歩き始めた…紅葉が赤く色づき
サキは自分の頬も、似たような色をしている気すらしていた。
まだ、来たばかりだと言うのに、
「そろそろ帰ろうか?」と一也が言った。
サキは内心、驚いていたのだが、
「そうですね」と答えた。
心の中で考える…(この後一也さんは用事があるのかしら?)
でも、聞く事もしない。
それは、サキが子供の頃から身につけたものだ
相手の意に沿うように生きる、そして自分が楽しいと感じたらいけない。
一也は歩きながら拾った紅葉の葉を一枚、
持って来た単行本に、栞のように挟んでいたのだが、その葉っぱを、おじぞうさんの上に置いて
「君は、季節が変わっても、きっと変わらないんだろうなぁ〜」と言った。
戸惑うサキに一也は続ける
「なんて言うのかなぁ〜プリザーブドフラワーのようなんだよね」
サキは、夫にプレゼントされた箱を思い出していた。
「ずーっと世間から求められる姿で生きるって、どんな気持ちなの?」と一也は不思議そうな顔で質問して来た。
サキは答えなかった。
二人は江ノ電に乗っても無言のまま海を見ていた。一也はサキの手を繋いいでいるのだが、視線は合わせない
(この人は何を考えているのだろう… )
サキは不思議に思ったのだが、それも聞かない
東京に戻ると、先程までの鎌倉とは違う雑踏が二人を包んだ。
サキは、お茶でもしてから…と思っていたのだが
あっけなく一也は「今日は、ありがとう」と言ってサキに背中を向けた。
呆然と立ちすくむサキを知っているかのように
背中を向けたまま一也は手を振りながら歩いて行った。
一也は感じていた…
学生時代に好きだった彼女と初めて長谷寺に来た時の事を…。
門の下にぶら下がる大きな赤い提灯を見て
目を丸くしながら、」何この大きさ」と駆け出して、提灯の下で口を開けながら見上げていた時の彼女の顔や、玉砂利をスニーカーで鳴らしながら、池を覗き込んで、白地に赤い斑点模様の鯉を指差して、「あ〜この色のTシャツが着てみたいんだよなぁ〜」と必死に自分に伝えて来た時の声
一也が、どれも似たような赤に見えるのに
彼女は1匹の鯉だけを目で追いかけて、」違うよこの赤は」とワクワクしていた姿…。
その、どれもが一也には、愛おしかった。
だが、同じ場所に立つサキは、提灯に感動もなければ、玉砂利などは決して歩かない。
敷かれた平らな石の上を、当たり前のように歩き、池に泳ぐ鯉の柄など気にもとめない、
一也が、嫌味で「ご感想は?」と聞くと
「紫陽花が綺麗ですね」とだけ言った…
一也は心の中で思った、
はなまる、大正解、優等生、
まるで、部屋め中で長谷寺のパンフレットを見た時の感想だ。
比べてはいけない…
サキにはサキの生き方がある、
だけど一也は、サキとこれ以上同じ場所で同じ時を過ごす事に何の意味も無い事を実感したのだった。