捉え方は様々ですが、受け入れられていないというよりも「生きにくい可哀想で気の毒な人たちを助けてあげなくちゃ」という考えがあるのかなと私は捉えています。
そう思われるのは嫌だと思いますが、当事者で無い人に悪気は無くそう思っているのかなと。
確かに障害はあるより無い方がいいと私は思います。
本人達がもしそれで生きにくさを感じているなら尚更に。
ただもしその生きにくさが社会が変わる事で改善される事なのかもしれないし、そうじゃ無い事もあるのかもしれないし…と思うと、前者についての議論より後者の方が進んでいるのが現実なのかなということを感じました。
私の中では大豆にやってる事も人間にやろうとしている事も同じかなぁと思ってしまうんですよね🫣
まあ、それで良いこともあるのかな…ちょっとなんとも未知すぎるという感じですね…