他人にあまり興味がない。
でも、それって冷たいことなんでしょうか?
第8回は、「他人と自分」のちょうどいい距離について考えます。
SNSで疲れた心、比べすぎて揺らいだ自己。
他人に流されず、自分の世界を守るという選択は、
もしかしたら新しい幸福のかたちかもしれません。
話さなくても、つながらなくても、ちゃんと生きてていい。
#怠け者の哲学 #他人との距離感 #standfmラジオ #孤独の幸福 #未来の感情設計
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こんにちは。
『未来は怠けもののためにある』ラジオ、第8回です。
今日のテーマは、少し内向的な問い。
「“他人に興味がない人”は幸せなのか?」
まず、結論から言うと──
たぶん、ちょっとだけ幸せかもしれない。
SNS時代の今、
「誰が何をしているか」「何を思っているか」「どんな成果を出したか」
という情報が、タイムラインに無限に流れてきます。
そのたびに僕たちは、
「自分も何かしなきゃ…」とか、
「比べられてる気がする…」とか、
“自分の輪郭がにじむような不安”にさらされる。
そんな時、ふと憧れるんです。
**「ああ、他人に興味がない人になりたい」**って。
でも、「興味がない」って、冷たいことなんでしょうか?
僕はそうは思いません。
むしろ、**“自分の時間を守るための優しさ”**だと感じています。
他人に興味がありすぎると、
誰かの評価に敏感になり、
誰かの意見に揺れ、
誰かの幸福に焦ってしまう。
他人の人生を見すぎて、
自分の人生が“通知の合間”になっていく。
逆に、他人にそこまで関心がない人って、
・1人の時間を充実させられるし、
・空白に耐えられるし、
・“暇”という余白を大切にしている。
それって、ある意味でとても人間的な強さだと思うんです。
もちろん、全く関心がないと孤立してしまう。
でも、**「他人に引きずられない関心の持ち方」**なら、
むしろ幸せに近い気がします。
結論。
他人に興味がない人は、
自分との距離を保てる人。
そして、他人のことを本当の意味で優しく見つめられる人。
というわけで今日は、
**「他人に興味がないって悪いことなのか?」**という話でした。
次回は、またちょっと実用的な話に戻して、
**「“ルールに従う人”ほどAIに置き換えられやすい理由」**という、
テクノロジーと怠け者の未来について語っていきます。
それではまた、未来でお会いしましょう。
『未来は怠けもののためにある』ラジオでした。