こんにちは!
これは、とある時期まで
めっちゃ私の座右の銘
(希死念慮)になってたくらいでした笑笑
口ばっかで行動しないじぶんに
鼓舞する時に使うと、
具現的に動けるパターンがあったからです笑
「現実にヤる」
行動出来たこともありますねー。
じぶんに厳しい傾向のある人や、
感情を動かすのをやめて
心が死んだ、、と思ってる人に多いかもー。
だから一回諦める感覚になる事で
楽になる感覚あるのかと。
明日死んでもいいと思ってる(前に進むため)
⇩
明日死ねばいいと思ってる(自暴自棄)
に切り替わってる事に気づかないで
使ってる事に
2年前くらいに気づいて
単発的なしごとは楽だけど、
長期的に自分の人生を見てあげたいなーって
変化した事で
あんまりこの言葉使わなくなりましたねー。
同じ言葉使っても
中身の概念が違うのは、あらためて
ミシルさんみたいに
言語化するのは気持ちいいなーと感じました!!
あと、
死と向き合うとカッコいいアートが生まれがちだなぁとも感じてます🤣
憂い悲しみ死の淵は、
音楽や絵画に作品化する事もあるし、
それによって
受け手に
新たな観点が生まれる事もあるから
それがいい悪いとかでなく、
何かが生まれる前兆だったりもしますねー。
私の場合は、
自己表現することによって、
やっと呼吸が出来た「生きてもイイかも」
に切り替わったので
どんな形であれアウトプットしてみたりすると、
観点が変化する人や
言葉が違ったと気づく人はたくさん居そう。
とかく、
死の切り口で「生きる」を見る時、
ほんとに美しいなぁとワタシは感じます^_^
素敵なお題ありがとうございます。
なんかのきっかけで
もしよかったら、このテーマ、対談してみたいなぁと思いました!