1. はじめに
私たちは日々、「出来る事」と「やりたい事」の間で揺れ動きながら生きています。表面的には似ていても、この二つは本質的に異なります。そして、その違いを理解しないまま仕事や収入を考えると、いつの間にか「本当にやりたい事」が見えなくなってしまうことがあります。
ここでは、出来る事とやりたい事の違いを明確にし、さらにその二つにおけるお金の位置づけの違いを整理します。そして、最終的に理想とする「究極形」までの道筋を示します。
2. 出来る事とやりたい事の定義
出来る事(Can)
人間ならある程度何でもできる。
ただし、「楽しい」「興味がある」「嬉しい」などの感情的価値は必ずしも伴わない。
ニーズが伴えば報酬(お金)が発生し、仕事として成立する。
特徴
報酬がゼロだとモチベーションは下がる。
生活のための収入源として成立しやすい。
時間と行動のバランスが重要。
やりたい事(Want)
お金や他者への貢献を後回しにしても、どうしてもやってしまう衝動。
長期的に追求していくと、使命感や自己中心的利他の感覚に至る。
行動そのものが喜びであり、結果や評価は二次的。
特徴
報酬がなくても続く。
生活費は別途確保する必要がある。
商業化すると純度が下がるリスクがある。
3. 境界をあいまいにする典型パターン
得意ゆえの錯覚:「上手にできる」=「好き」と勘違い
報酬による勘違い:お金や評価があるから好きと錯覚
習慣化の罠:長く続けているから自分の意志と思い込む
周囲の期待:他人の求める役割を自分の意志と錯覚
承認欲求の代替:認められるために続けている
逃避的充実:他の嫌なことから逃れる手段としての活動
4. 見極めのための質問
自己判定用
報酬がゼロでもやるか?
誰にも見られず記録も残らなくてもやるか?
失敗を重ねても続けられるか?
他の選択肢があっても自然にこれを選ぶか?
やめると落ち着かないか?
小さい頃から似たことに惹かれていたか?
一日中やっても満足感が勝つか?
理由が自分の中で完結しているか?
短期的にでも衝動的にやりたくなるか?
結果より過程が嬉しいか?
5. お金の位置づけの違い
出来る事(Can)の場合
お金は必須条件(なくなると続けられない)。
高収入であれば割り切って継続可能。
低収入であれば、昇給交渉や副業、高単価案件へのシフトなど、改善行動が必要。
やりたい事(Want)の場合
お金は必須条件ではない。
商業化しない場合 → 純粋性を保ったまま継続できる。
商業化する場合 → 「お金を稼ぐこと」が目的にすり替わるリスクがある。
6. 仕事化の判断パターン
出来る事 × 高収入 → 割り切って生活の軸にできる。
出来る事 × 低収入 → 条件改善や別収入源の確保が必要。
やりたい事 × 商業化する → 純度低下リスクに注意し、生活費は別収入源で補う。
やりたい事 × 商業化しない → 純粋な活動として継続し、生活費は別に確保。
7. 究極形
究極的な理想は、出来る事での収入依存を減らし、やりたい事から自然に収入(エネルギー)が入ってくる状態です。この状態では、お金は単なる通貨ではなく、エネルギーの流れとして理解されます。
段階的シフト
現状 出来る事で生活費を確保し、やりたい事は副次的に行う。
移行期 出来る事の比率を下げ、やりたい事から小さくても収益が生まれる。
究極形 やりたい事が自然と人・モノ・お金を引き寄せ、生活の中心になる。
この状態での変化
お金が目的ではなくなる。
消費行動が減り、本質的な支出だけになる。
お金以外の形での支援や価値交換が増える。
お金の増減が精神状態に与える影響が減る。
「お金を稼ぐ」が「エネルギーを循環させる」に置き換わる。
8. まとめ
出来る事はお金がモチベーション源で、生活費のために行う。
やりたい事は衝動と使命感から生まれ、お金は副産物。
商業化には純度低下のリスクがある。
究極形は、お金をエネルギーとして捉え、やりたい事が自然に循環の中心になる状態。
この理解を持つと、今の自分が「出来る事」をしているのか、「やりたい事」をしているのか、そしてそのお金との関係をどう設計すべきかが、はっきりと見えてきます。