LIVE部分(後編)を公開します。
コメント、登壇、ご視聴、参加者の皆さま、
本当にありがとうございました。
📍 登壇してくれた部長さんのCh
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📍追加コメント
【静岡工場のブログクイーン】さん
私は、忘八達が、なんだかんだと蔦重のために動くシーンです(ていさんのお店を買い取りに向かう)
⇒ていさんと結婚する折に鶴屋さんが暖簾を持ってくるシーンなど。
田沼意次との最初の出会いのシーンも印象深いです。からまる(歌麿)との再会も感動しました。きりがないですね(笑)
【電気エンジニア】さん
朝顔姉さんの死から瀬川の身請けまでの流れは、吉原という場所の厳しさと、そこに確かに存在する温もりの両方を強く感じさせる場面だった。朝顔姉さんの最期は亡くなってからも残酷で、その分、吉原で生きることが人知れず命を削っていく現実が胸に残った。だからこそ、瀬川もまた同じ運命に飲み込まれてしまうのではないかという不安が、自然と心に芽生えた。
そんな中で描かれた瀬川の身請けは、手放しで喜べるものではないが、それでも確かに「救い」だと思えた。吉原を出るということは、自由と引き換えに多くのものを背負うことでもある。それでも瀬川には、新しい人生へ踏み出す道が与えられていた。
特に心に残ったのは、身請けの前に蔦屋重三郎が瀬川に青楼美人合姿鏡を渡す場面である。言葉を尽くすのではなく、錦絵を手渡すという行為に、蔦重らしい不器用な優しさを感じた。その錦絵には、幼い頃から瀬川が見続けてきた蔦重の本心が、そのまま形になって宿っていたように思う。
瀬川にとって、長い時間の中で確かめてきた思いの結晶であり、消えてしまう言葉ではなく、残り続けるものとして渡されたからこそ、それは彼女の心を支える「救い」になったと思う。
朝顔姉さんが静かに消えていったのに対し、瀬川は確かに誰かの思いに包まれて吉原を後にした。その違いが切なくもあり、同時に希望でもありました。
これまで蔦重は、忘八の親父様たちの中では立場の弱い存在で、逆らえば簡単に切り捨てられてきた。実際、階段から突き落とされる場面は、彼がどれほど理不尽な扱いを受けてきたかを象徴していたと思う。だからこそ今回、同じ階段から鶴屋が落とされる場面は、とても印象に残った。忘八の親父様たちは、蔦重を敵ではなく、いつの間にか味方として見ていたのだと感じさせる場面だったからだ。蔦重が踏みつけられる側から、守られる側へと移ったこの瞬間は、見ていて素直にスカッとする、忘れがたい場面だった。
カシ重&あいな花魁
#カシあいべらぼう #前山後山峨々 #たおやめぶり