包括的セクシュアリティ教育は、自分を知り、他人を知り、違いを活かし合うマインド作りのために必要な学問だと思っています。
性的なトピックはそのうちの一分野。そして、自分と他人を知り活かし合う文化を作るために、性的トピックも当然重要な知識と理解が必要です。性の学びを、性行為をするためだけのことと認識しているとすれば、とても危ういことだと思います。
(人権問題という側面も持っていますが、今回の配信ではその視点には触れていません。)
そういう大事なことを伝えたくても、残念ながら今の日本では、先入観で「性教育」という“ワード”に過剰反応する人が多すぎる。この国は今はそういう文化です。だからそのワードは使うとなんか遠回りというか、変わらないんじゃないかとすら思ってしまいます。
とは言え、包括的性教育という言葉のほうが浸透し始め、共通語(むしろ公式な言葉?)として使われてもいるので、私も全く使わないということはないし、使っている人や文などは全く問題ないと思います。
問題ないけど、先入観で不毛な反論とか書かれてるのを見ると、ただただ無駄な時間としか言いようがないので、そういう“性教育”の話はしていません、って言いたいだけってのが本音のところ。
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