本日、日吉真澄「深夜のピアノライヴ」
3周年を迎えました。
24:00~のMidnight Stageだけで
昨夜の最新回で通算1072回
(27:00~のDeep Nightや、特番、ゲリラ配信などは含まず)
この間放送出来なかった日が2回、
それ以外は毎日お送りしてきました深夜帯のピアノライブ。
この3年で、即興曲は3000曲は超えていると思われます。
毎晩のお題をいただき、形にしてきました即興テイク。
「瞬音」というアルバムとしてのリリース、
そして、各コンサート。
4年半、ピアノを悪者扱いするかのように
ピアノにひどいことをしてしまいました。
ずっと横に寄り添っていてくれたのに、
「ピアノなんか」と言っては無視し、
物は置くし、蓋を空けもしない。
でもね、心の中は未練だらけ・・・
そうやって悪者扱いすることで
挫折の苦しみから逃れようとしていた
そんな弱っちい自分でした。
ほんとにかっこ悪く、ひどかった。
でも、そんな私がもう一度ピアノの席に出戻ってきたんです。
ずっと黙って待っていてくれたピアノ。
4年ぶりに深夜の一瞬に響いた音色のなんと澄んでいたことか!
「あぁ・・・ピアノ、きれいだなぁ・・・
こんなキレイなものを、私小さい頃から弾いて
生きて来れてたんだなぁ」
涙が出ました。
ピアノは本当に美しい。
人は、衣食住があれば、とりあえず生存することは出来る。
だけど、どういうわけか、神様は人間に
「感動したい」
「美しいものに触れたい」
という気持ちを設定したんですよね。
芸術なんて、ちょっと立派な娯楽なのかもしれません。
でも、それを「道」としている者たちにとっては
それは「人生」です。
私は、音楽を手放した時に、すっかり道がわからなくなった。
物心ついたくらいの歳の頃から
ずっとこれだけを握りしめて全力で生きて来た道。
これを見失って、
でも、手応えのある人生を諦めたくないと思った。
4年もの間に、
手帳、星詠み、筆文字、
こんなことをやって、必死で次の道を探していました。
どれも、第2の人生を賭けようと、一生懸命やりました。
書の道は特に、可能性を見出して頑張っていました。
でも、結局、ピアノ以上に情熱を持てるものは
見つからなかった。
だけど、これらのことは
じゃあ無駄になったのかといえば、まったくそんなことはなく、
これらの道を通ってきたからこそ、
今自分の中にある思想やら価値観やらセンスというものがあります。
すべてのことが、今毎晩弾いている即興に生きているのを感じます。
特に星詠みから学んだことはとても大きかったし、
書の世界は今も自分の腕のひとつとして生きていて、
音楽と合わせての作品制作という道も開けました。
7月9日、
自分には、再びの人生が開いた記念の日です。
この日に思うことは、
私がもう一度ピアノの道を一生懸命歩くための
生きる力となった、この「深夜のピアノライブ」へ
遅い時間に毎日毎日訪れて来てくれた皆様への
感謝だけしかありません。
この3年間、ずっとずっと、一日中ずっとずっと、
「ありがとう、ありがとう」と心の中で言ってきました。
この言葉を思う時、いつも涙が出ます。
私のような者に、日頃から愛を持って接してくださっている皆様、
ピアノを好きになってくれた皆様、
本当に本当にありがとうございます。
生きていて一番感動することは、
人との出逢いと想い。
人の想い、人のドラマ以上に感動するものは
私にはありません。
だからこれを描いて生きる、
これが私が音楽家としてみつめている世界です。
みなさまひとりひとりの人生のサウンドトラック、
私のピアノ音楽がそんな風に寄り添えたなら
自分が生まれて来た役割も少しばかり果たせるのではないか、
そんな風に思います。
音楽で生きて行くことは、本当に大変な世界ですが、
こういう想いを大切にして
心が澄んでくる音楽を届けて行きたいと思います。
大したものではございませんが、
この想いに嘘はありません。
一生懸命届けて行きますので、
どうぞこれからもお付き合いのほど
よろしくお願いします。
2026.7.9 3周年の星まつりの夜に
感謝を込めて、ピアノの煌めきを乗せた音楽をお届けします。
日吉真澄