相手の表情や言葉が少し違っただけで、
「今の言葉で、不快な思いをさせてしまったかもしれない」
と気になってしまうことがあります。
僕自身も、人に気を使いすぎてしまうところがあります。
特に、相手の気持ちを害してしまった原因の一つが自分にあるのではないかと思うと、相手の反応が自分の中でどんどん大きくなってしまいます。
今回は、そんなときに自分の中で何が起きているのかを考えました。
目の前の状況を「自分が相手を不快にさせた」という一つの見方だけで捉えていると、そこに意識が集中してしまいます。
けれど、その状況は自分の認識の中で生まれているものかもしれませんし、ほかの捉え方もあるのかもしれません。
一つのコップの水を、一つの注ぎ口にすべて注ぐのではなく、いくつかの道に分けて注いでいく。
そんなふうに見方を増やすことで、少し楽になれることもあるように感じています。
身体でも、一番手応えのある場所に向かうと、強くぶつかりやすくなります。
手応えのない方向は感じ取りにくいけれど、そこには別の道があるかもしれません。
皆さんは、人に気を使いすぎてしまったとき、何を感じ、何を考えているでしょうか。
何も起きていない今だからこそ、少し丁寧に思い返してみると、新しく見えてくるものがあるかもしれません。
僕自身も、人との関係の中で生まれる反応や、ぶつからない別の道について、対話や身体を通して、これからも丁寧に確かめていきたいと思っています。
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