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2026.9.4 金曜日☁️
【最後の一口】
彼と暮らし始めて一年
私は毎日ときめいていた
彼の好みのシャンプーや歯磨き粉
寝る時にスマホを何故か床に置く癖
付き合ってる頃は全く知らなかった事を
一つ一つ知っていく…
私が好きな紅茶のフレーバーも
私が使う柔軟剤も
うっすら知っていてくれている事も
嬉しかった
夕食後に「あ〜紅茶買い忘れた」と思わず声に出した私に
「ビールきらしたから買ってくる」
と言った彼が
「はい」と言って買って来てくれた
紅茶 私が好きなアールグレイだった
「ありがとう」と言いながら
(ティーバッグじゃダメなんだよなぁ〜)
と心ではダメ出ししたけど
気持ちが嬉しかった
お互いの知らない事を
時間をかけて知っていく…
付き合い始めた頃には
赤阪の雰囲気の良いバーで
ナッツを食べながらバーボンを飲んでいた彼が
今 きゅうりの糠漬けを食べながら
ビールを飲んでいる
日常とは そんなもの
さりげなく小皿に柿の種を入れて
糠漬けの横に置いてみたが
やはり彼はきゅうりを食べていた
私だけが知っている彼
少し誇らしくも感じた
お互いのこだわりをすり合わせて
生活があってそれが日常になり
お他人様には分からない絆が出来るのだ
一つだけ どうしても気になる事があった
それは 食事の後に彼は必ず最後の一口を残すのだ
お皿を洗う度に(なんで残すかなぁ〜)と思っていた それは小さなトーストの耳であったり お茶碗に少しだけご飯があったり
あえて そこを指摘するようなものでは無かったのだか いつも気になっていた
そんなある日 友人の涼子から
連絡が入った
「涼しくなって来たからランチでも行かない?」
彼女は仕事仲間だったのだが
半年程前に自分のやりたい事が見つかったと言う理由で退職した
今はリフォームの照明の仕事をしている
青山にある裏道のカフェのテラス席で
彼女は「灯りって奥深くて今の仕事がめちゃくちゃ楽しんだよ〜」とウキウキした声で近況を伝えてくれた
私も今 彼との暮らしが新鮮で楽しい
二人はくだらない事で笑いあって
それは 楽しい時間だった
「デザートいっちゃう?」彼女は
メニューを見ていた
食べ終わったガパオライスがお皿に少し残っている
「お腹いっぱいなんじゃないの〜?
ご飯は残してもスイーツは別腹?」と聞いた私に 彼女は言った
「あっこれね 中国では 美味しかったですよのサインで最後の一口を残すんだって
元カレからの受け売りだけど習慣になっちゃったのよ」
元カレ?
彼女は今 私が付き合っている人を知らない 一緒に暮らし始めた事など
私は誰にも言って無い
アイスコーヒーのストローを口に運ぼうとしたが もどかしくて お冷を一気に飲んだ
涼子は話し始めた
「私の元カレ 変わっててさ〜
ビールに糠漬け食べるんだよ
寝る時にスマホ床に置くから 何で?って聞いたら ベッドサイドに置くと落ちそうだから最初から床に置くんだって」
知らなかった二人の関係…
涼子は続けた
「元カレ こだわり強くて大好きな人とは暮らせない とか言うのよ
好きだなぁ〜くらいの人と暮らすのが
楽なんだよなぁ〜」って
「そーゆー面倒くさいの私苦手だから
ビールのつまみはサキイカでしょ」って言って別れたの
「笑うよね」
そー言って 彼女は
フローズンヨーグルトをオーダーしていた
「ヨアジョンのヨーグルトが食べたいとこだけど」
「何それ」と私はぶっきらぼうに言った
「韓国のフローズンヨーグルトとアイスのお店の名前 ヨアジョン
めちゃくちゃ美味しいのよ」
「知らない 知らなかった
知らなくてごめんなさい」
私は知らなかったと言う言葉を彼女に告げて お店を出た
私だけが知ってると思っていた
最後の一口
それは 私だけが知らなかった事…
聞けば良かったの?
涼子のように「何で?どうして?」と
聞けば良かったの?
私はしばらく裏道の先にある公園のベンチに座っていた
ただ秋の風に吹かれて
ぼーっとしていた…
その夜家に帰って彼女は彼に聞いた
「今日 涼子と会ったんだけど
付き合ってたの?」
「そーだよ でも君には話さなかった
気にすると思って」
「凄く好きな人とは暮らせないの?」
「あぁ昔はね そんな時期もあったなぁ
カッコつけてたからなぁ〜」
「何で最後の一口を残すの?」
彼は少し真面目な顔で言葉を紡いだ
「オヤジが早くに亡くなって
おふくろは苦労していたんだよ
パン屋さんに行ってもパンの耳だけを買って来たりして…
食べ盛りになったオレのお茶碗には
いつもご飯を山盛りにして自分は
ほんの一口しか食べてなかった
半分食べてと言ってもおふくろは
私はお腹がいっぱいなんだよって…
だからオレはいつも少し残していたんだ
これは中国のマナーで美味しかったの
サインだからってね
洗い物をする前におふくろがそれを食べるそれが我が家の日常だった
多分 君には理解できないと思うけど
そーゆー家でオレは育ったんだよ
それ説明した方が良かったのかな?」
私は自分か恥ずかしくなった
全部知って無いと彼を愛した事にはならない…
私より彼の事を知っている人が居た
それは どーでもよい事だった
知っていても知らなくても
私は彼が好き
それだけでいい
これから過ごす日々で少しづつ
お互いを知っていけばいいのだと
私は感じた
ゆっくり進んでいこう
だって今 私は幸せなんだから…。