いま、ふと思いました。
なんとなく「責任をとる」=「罰を受ける」、「腹を切る」、「指をつめる」みたいな風習から、なんとなく「辞職させる」、「退任させる」、「お詫びさせる」、「社会的に追い込む」、、、みたいな気持ちが世間でもでやすくなっていったのかも、とも感じました。
「責任をとる」のは、結果を自分の責任だと受け止めること(自責)、が根本だとボクは思っているからか、その後に、ポジションにいすわるか、やめるか、腹切るか、とかは、表面的なこと(儀式的なもの)に過ぎないように感じます。
で、たしかに、みやけんさんがいうように、「結果が間違ってた、の段階で、自分の責任だと受け止める強さをもってないから、あいまいにしちゃう人(他責に逃げる)」は、とても多いのはたしかだと思います。