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  <title><![CDATA[奇跡の道/テキスト解説]]></title>
  <description><![CDATA[A Course in Miracles （奇跡の道）を学習している方をサポートするための番組です。田中百合子さんの訳を使ってテキストを解説していきます。

解説：川上貢一（コオ）
公式ブログ：インナーメッセンジャー　https://lksitnr.exblog.jp/
使用テキスト：奇跡の道　https://amzn.to/4abVBo3]]></description>
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解説：川上貢一（コオ）
公式ブログ：インナーメッセンジャー　https://lksitnr.exblog.jp/
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   <title><![CDATA[２１、奇跡の道テキスト/2章-1節「分離と贖罪」1-3段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第2章1節の1-3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

第2章「分離と贖罪」
１、分離の起源

1 拡張するということは神の根本的な⼼のあり⽅をあらわしており、神は御⼦にもこうあるようにと望まれた。2 創造するにあたり、神は御⾃らを創造なさるものへと拡張されたうえ、御⾃分と同じように愛にみちて創造するようにとの御意志を吹き込まれた。3 あなたは満ち⾜りたすがたに創造されたのみならず、完全に創造されているのである。4 あなたには空虚さなどない。5 あなたは御創造主に似ているので、創造的である。6 神の⼦供のこの能⼒は⽣まれながらのものだから、だれ⼀⼈これを失うことはあり得ないが、それを投影することによって不適当な使いかたはできる。7 適当とはいえないやり⽅で拡張したり投影したりすることが起きるとすれば、それは、⾃分はなぜか空しくて何か⽋けていると感じるが、真理の代わりに⾃分⾃⾝の想念でそうした不⾜を満たせると信じるときである。8 このような過程はつぎに述べる段階を必然的に含む。

9 第⼀、神が創造されたものを、⾃分の⼼で変えられると信じる。

 10 第⼆、完全であるものを不完全にしたり、⽋けたものと為しえると信じる。

 11 第三、神が創造なったものを歪めること
 ができると信じ、これには⾃分⾃⾝も含まれる。

 12 第四、⾃分で⾃分を創造できるし、その創造の傾向は⾃分の思いどおりに できると信じる

2 このように関連した歪みは、分離したとき、すなわち「恐れへの回り道」において実際に何が起きたのかを表している光景といえる。2 そのどちらも分離する前には存在しなかったし、実際には今も存在してはいない。3 神が創造されたものは何もかもみな神に似ている。4 神が取り掛かられたような拡張は、御⽗から⼦供たちが受け継ぐ内⾯的な輝きに類似している。5 それの本当の源は内在するものである。6 これは御⼦について真実だし、同じことが御⽗についてもいえる。7 この意味で、創造とは神が創造なさった御⼦と、⼼が癒された御⼦が創造するものとの両⽅を含む。8 これには神が御⼦に⾃由意志を与えられることを要する、なぜなら愛に満ちて創造されるものはみな⼀つに連なって惜しみなく与えられているからであり、そこではすべての側⾯が同じ階級にある。

3 エデンの園、または分離以前の状況は、⼼は何も必要としない状態だった。2 アダムが「へびの虚⾔」に⽿を傾けたとき、そこで聞いたことはみな偽りだった。3 あなたがそうすることを選ぶのなら別だが、真実でないことを信じ続ける必要などないのである。4 そうしたことはすべて単に誤って知覚したことにすぎないのだから、⽂字どおり、瞬く間に消え失せてしまう 5 夢のなかでの出来事がきわめて本当のように思えるものである。6 依然として聖書には、アダムが深い眠りについた、とあるけれども、アダムが⽬覚めたことを⾔及するところはどこにもない。7 この世はまだ、包括的な⽬覚めや再⽣を少しも経験してはいないということになる。8 ここでいう再⽣は、投影したり誤って創造し続けるかぎり不可能だ。9 しかしながらそれは、神 が御⾃分の霊をあなたに拡張されたと同じように拡張するために、あなたのうちに今も存続する。10 実在においては、ただこうすることを選べるだけだ、なぜなら、あなたの⾃由意志は完全なものを創造するという喜びのために与えられているからである。

#奇跡の道
#ACIM
#奇跡のコース
#やすらぎの部屋
#川上貢一（コオ）
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   <link>https://stand.fm/episodes/69fa96133fd9007dac015eeb</link>
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   <pubDate>Fri, 08 May 2026 08:00:12 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第2章1節の1-3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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第2章「分離と贖罪」
１、分離の起源

1 拡張するということは神の根本的な⼼のあり⽅をあらわしており、神は御⼦にもこうあるようにと望まれた。2 創造するにあたり、神は御⾃らを創造なさるものへと拡張されたうえ、御⾃分と同じように愛にみちて創造するようにとの御意志を吹き込まれた。3 あなたは満ち⾜りたすがたに創造されたのみならず、完全に創造されているのである。4 あなたには空虚さなどない。5 あなたは御創造主に似ているので、創造的である。6 神の⼦供のこの能⼒は⽣まれながらのものだから、だれ⼀⼈これを失うことはあり得ないが、それを投影することによって不適当な使いかたはできる。7 適当とはいえないやり⽅で拡張したり投影したりすることが起きるとすれば、それは、⾃分はなぜか空しくて何か⽋けていると感じるが、真理の代わりに⾃分⾃⾝の想念でそうした不⾜を満たせると信じるときである。8 このような過程はつぎに述べる段階を必然的に含む。

9 第⼀、神が創造されたものを、⾃分の⼼で変えられると信じる。

 10 第⼆、完全であるものを不完全にしたり、⽋けたものと為しえると信じる。

 11 第三、神が創造なったものを歪めること
 ができると信じ、これには⾃分⾃⾝も含まれる。

 12 第四、⾃分で⾃分を創造できるし、その創造の傾向は⾃分の思いどおりに できると信じる

2 このように関連した歪みは、分離したとき、すなわち「恐れへの回り道」において実際に何が起きたのかを表している光景といえる。2 そのどちらも分離する前には存在しなかったし、実際には今も存在してはいない。3 神が創造されたものは何もかもみな神に似ている。4 神が取り掛かられたような拡張は、御⽗から⼦供たちが受け継ぐ内⾯的な輝きに類似している。5 それの本当の源は内在するものである。6 これは御⼦について真実だし、同じことが御⽗についてもいえる。7 この意味で、創造とは神が創造なさった御⼦と、⼼が癒された御⼦が創造するものとの両⽅を含む。8 これには神が御⼦に⾃由意志を与えられることを要する、なぜなら愛に満ちて創造されるものはみな⼀つに連なって惜しみなく与えられているからであり、そこではすべての側⾯が同じ階級にある。

3 エデンの園、または分離以前の状況は、⼼は何も必要としない状態だった。2 アダムが「へびの虚⾔」に⽿を傾けたとき、そこで聞いたことはみな偽りだった。3 あなたがそうすることを選ぶのなら別だが、真実でないことを信じ続ける必要などないのである。4 そうしたことはすべて単に誤って知覚したことにすぎないのだから、⽂字どおり、瞬く間に消え失せてしまう 5 夢のなかでの出来事がきわめて本当のように思えるものである。6 依然として聖書には、アダムが深い眠りについた、とあるけれども、アダムが⽬覚めたことを⾔及するところはどこにもない。7 この世はまだ、包括的な⽬覚めや再⽣を少しも経験してはいないということになる。8 ここでいう再⽣は、投影したり誤って創造し続けるかぎり不可能だ。9 しかしながらそれは、神 が御⾃分の霊をあなたに拡張されたと同じように拡張するために、あなたのうちに今も存続する。10 実在においては、ただこうすることを選べるだけだ、なぜなら、あなたの⾃由意志は完全なものを創造するという喜びのために与えられているからである。

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   <title><![CDATA[２０、奇跡の道テキスト/1章-7節「奇跡への衝動の歪み」1-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章7節の1-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

１　あなたの歪んだ知覚は、奇跡を行なうのに役だつ衝動を密度の高い覆いで包み込み、その衝動を自覚しにくくしている。２奇跡への衝動と肉体的衝動とを混同するのは知覚に伴う主な歪みである。３肉体的衝動は奇跡への衝動が誤って指図されたものといえる。４本当の喜びはすべて、神の意志を行うことからくる（S- 34）。５というのも、それを行わないでおくと本来の自己を否認することになるからである。６本来の自己を否認すれば錯覚を引き起こすわけだが、そうした誤りを訂正することで錯覚から解放される。７外面的なものごとで、神やきょうだいたちと平安のうちに心を通わせられるとなど、自分をだまして信じこまないように。

２　神の子供よ、あなたが創造されたのは、善なるもの、美しいもの、聖なるものを創造するためである。２これを忘れないように。３神の御愛はいましばらく、からだとからだを通じて表現されなければならない、洞察力ではまだよく見えないのだから。４あなたは自分の知覚を広げるのを助けるためにからだを使うのが一番いいだろうし、そうすることで肉体の目では不可能な本当の洞察力による心像を見ることができるようになる。５こうすることを学ぶためにのみ、からだは本当に役立つのである。

３　空想は洞察力のゆがんだ形といえる。２どんな種類であれ、空想されたことはゆがめられている、実在しないものを見ようと必然的にねじ曲げて知覚しようとするのがつねであるから。３ゆがんだものを因に行動するのは、文字どおり自分では何をしているのかわかっていない者たちがする反応の仕方だといえる（S- 35）。４空想は間違った必要性に従って実在を制御しようとする試みである。５どのようにであれ実在をねじ曲げるなら、破壊的に知覚していることになる。６空想は間違った連想をしておいて、それから快感を得ようとする手段。７しかし、間違って連想したことを知覚できるとはいえ、それは自分自身にだけ本当のことにしておけるにすぎない。８あなたは自分で作るものを信じる。９もしあなたが奇跡をさしのべるとすれば、あなたの奇跡に対する信念も同様に強いものとなるであろう。10そしてあなたの確信の強さが奇跡を受け取る人の信念を支えることになる。11実在の本質が全面的に満足できるものだということが、与える者と受け取る者、その両方に明白となるにつれ、空想などことごとく必要ではなくなる。12実在を「失った」のは権利を奪ったからであり、それがまた暴政を生み出すのである。13ひとりでも「奴隷」が取り残されて地上を歩むかぎり、あなたは完全に解放されたとはいえない。14御子としての身分に属する者たちをみんな復帰させること、これこそ奇跡を行う気がある者にとって唯一の目標である。

４　この奇跡の道の教えは心を訓練するためのものである。２学ぶということはすべてある程度の注意力と絶えざる努力とを要する。３この教えの過程において、あとで出てくる部分は、始めのほうの何節かにかなり重く基づくので、ここを注意深く勉強するようにと要求せずにはいられない。４準備するためにもこれらの部分が必要である。５それなしでは、後に出てくる部分で言わんとすることにあまりにも強い恐れを抱いて、前向きな気持ちでは受け入れられないかもしれない。６ともかく最初の何節かを勉強するにつれて、後で詳しく説明されることをほのめかす点がいくつか目につきはじめるだろう。

５　しっかりした基礎が必要である、それなしでは、私がすでに言及した恐れと畏敬の念とを混同してしまうことがありえるし、それはよくすることであるから。２私がすでに述べたことだが、神の子たちのつながりにおいては畏敬の念を抱くのは適切ではない、なぜなら自分と等しいものの面前では畏敬の念を覚えるべきではないからである。３しかしながら、あなたの創造主の前で畏敬の念を抱くのはふさわしいことだとも強調した。４私の贖罪における役を大げさに言ったり控え目に言ったりすることなく、明らかにするようにと心がけてきた。５またあなたの役についても同じようにしようと努めている。６我々は本来平等だから、私に対して畏敬の念をもつのは適当な反応ではないということを力説しておいた。７しかしながら、この奇跡の道の教えの後のほうにでてくる段階では、もっとじかに神自身に近づくことが必然的となる。８注意深く準備しないでこうした段階へと歩み始めるのは賢明とはいえない、さもないと、畏敬の念を恐れと混同してしまい、そうした経験は至福にみちた経験となるより精神的に傷を与えるものとなる。９結局、癒しは神に属することである（S- 36）。10そのための手段があなたのために念入りに説明してある。11最後に行き着くところを、時には啓示が見せてくれるかもしれないが、そこへ到達するには手段というものを必要とするのである。

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   <link>https://stand.fm/episodes/69f14ad2e40bd3146b24edfb</link>
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   <pubDate>Fri, 01 May 2026 08:00:20 GMT</pubDate>
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１　あなたの歪んだ知覚は、奇跡を行なうのに役だつ衝動を密度の高い覆いで包み込み、その衝動を自覚しにくくしている。２奇跡への衝動と肉体的衝動とを混同するのは知覚に伴う主な歪みである。３肉体的衝動は奇跡への衝動が誤って指図されたものといえる。４本当の喜びはすべて、神の意志を行うことからくる（S- 34）。５というのも、それを行わないでおくと本来の自己を否認することになるからである。６本来の自己を否認すれば錯覚を引き起こすわけだが、そうした誤りを訂正することで錯覚から解放される。７外面的なものごとで、神やきょうだいたちと平安のうちに心を通わせられるとなど、自分をだまして信じこまないように。

２　神の子供よ、あなたが創造されたのは、善なるもの、美しいもの、聖なるものを創造するためである。２これを忘れないように。３神の御愛はいましばらく、からだとからだを通じて表現されなければならない、洞察力ではまだよく見えないのだから。４あなたは自分の知覚を広げるのを助けるためにからだを使うのが一番いいだろうし、そうすることで肉体の目では不可能な本当の洞察力による心像を見ることができるようになる。５こうすることを学ぶためにのみ、からだは本当に役立つのである。

３　空想は洞察力のゆがんだ形といえる。２どんな種類であれ、空想されたことはゆがめられている、実在しないものを見ようと必然的にねじ曲げて知覚しようとするのがつねであるから。３ゆがんだものを因に行動するのは、文字どおり自分では何をしているのかわかっていない者たちがする反応の仕方だといえる（S- 35）。４空想は間違った必要性に従って実在を制御しようとする試みである。５どのようにであれ実在をねじ曲げるなら、破壊的に知覚していることになる。６空想は間違った連想をしておいて、それから快感を得ようとする手段。７しかし、間違って連想したことを知覚できるとはいえ、それは自分自身にだけ本当のことにしておけるにすぎない。８あなたは自分で作るものを信じる。９もしあなたが奇跡をさしのべるとすれば、あなたの奇跡に対する信念も同様に強いものとなるであろう。10そしてあなたの確信の強さが奇跡を受け取る人の信念を支えることになる。11実在の本質が全面的に満足できるものだということが、与える者と受け取る者、その両方に明白となるにつれ、空想などことごとく必要ではなくなる。12実在を「失った」のは権利を奪ったからであり、それがまた暴政を生み出すのである。13ひとりでも「奴隷」が取り残されて地上を歩むかぎり、あなたは完全に解放されたとはいえない。14御子としての身分に属する者たちをみんな復帰させること、これこそ奇跡を行う気がある者にとって唯一の目標である。

４　この奇跡の道の教えは心を訓練するためのものである。２学ぶということはすべてある程度の注意力と絶えざる努力とを要する。３この教えの過程において、あとで出てくる部分は、始めのほうの何節かにかなり重く基づくので、ここを注意深く勉強するようにと要求せずにはいられない。４準備するためにもこれらの部分が必要である。５それなしでは、後に出てくる部分で言わんとすることにあまりにも強い恐れを抱いて、前向きな気持ちでは受け入れられないかもしれない。６ともかく最初の何節かを勉強するにつれて、後で詳しく説明されることをほのめかす点がいくつか目につきはじめるだろう。

５　しっかりした基礎が必要である、それなしでは、私がすでに言及した恐れと畏敬の念とを混同してしまうことがありえるし、それはよくすることであるから。２私がすでに述べたことだが、神の子たちのつながりにおいては畏敬の念を抱くのは適切ではない、なぜなら自分と等しいものの面前では畏敬の念を覚えるべきではないからである。３しかしながら、あなたの創造主の前で畏敬の念を抱くのはふさわしいことだとも強調した。４私の贖罪における役を大げさに言ったり控え目に言ったりすることなく、明らかにするようにと心がけてきた。５またあなたの役についても同じようにしようと努めている。６我々は本来平等だから、私に対して畏敬の念をもつのは適当な反応ではないということを力説しておいた。７しかしながら、この奇跡の道の教えの後のほうにでてくる段階では、もっとじかに神自身に近づくことが必然的となる。８注意深く準備しないでこうした段階へと歩み始めるのは賢明とはいえない、さもないと、畏敬の念を恐れと混同してしまい、そうした経験は至福にみちた経験となるより精神的に傷を与えるものとなる。９結局、癒しは神に属することである（S- 36）。10そのための手段があなたのために念入りに説明してある。11最後に行き着くところを、時には啓示が見せてくれるかもしれないが、そこへ到達するには手段というものを必要とするのである。

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   <title><![CDATA[１９、奇跡の道テキスト/1章-6節「必要性についての錯覚」1-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章6節の1-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

六　必要性についての錯覚

　１　平安を得たいと望むなら、ただ完全に許すことによってのみ、それを見いだせる。２何を学ぶにしても、それを学びたいと望み、また自分にとって必要だと何とか信じないかぎり、何をも自分のものにはできない。３神の創造には不足するものなどないのに、あなたが作ったものには不足するものがあることはきわめて明白である。４実のところ、これこそ本質的な違いだろう。５何かに不足しているということは、現状から抜けだして自分を他の状態においてこそ、幸せになれるということを暗に示している。６「人類の堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足していなかった。７必要なものなど全くなかったのである（S- 30）。８必要に迫られるのは、ただ自分で自分のものを拒むときだけだといえる。９自分にとって必要なものを特定の順序に設けておいて、それに従って行動しようとする。10そうするにしても、まず自分のことを何であると知覚するかによって左右されるのである。

２　神から分離しているとの思いこそ、自分は不足していると思わせるもとであり、実にあなたに正す必要があるのはただこれだけだといえる。２こうした分離感は、もしあなたが自分で真理について知覚したことを歪めておいて、自分には何か欠けていると知覚したりなどしなかったなら、決して生じなかったはずだ。３必要なものに順序があるとの想念が生じたというのも、そうした基本的な誤りをして、すでに自分を異なることを必要とする段階へとばらばらにしていたからである。４そんな自分を統合するに従って一つになるのであり、そうすることで必要だと思うものも一つになる。５必要なものが一様となれば、行動のしかたも統一されたものになる、そうすることが葛藤のない状態をうみだすのであるから（S- 31）。

３　必要なものに順序があるとの想念自体は、人は神から分離できるという最初の誤りにひき続いておきるのだが、まずそうした想念のある段階においてそれを訂正する必要があり、その後で段階を仮にも知覚するという誤りそのものを正すことができる。２あなたが異なった段階で役目を果たしているうちは、効果的には振る舞えない。３しかしながら、そうしているうちは、まず一番下のところから上にむかって訂正を始めなければならない。４それというのもあなたが「上」や「下」といった概念に意味があるとする、空間に生きていると思っているからである。５究極的には空間も時間と同じように意味がない。６両方とも単に信じ込んでいるにすぎないこと。

４　この世の本当の目的はそれを使って、あなたが信じられないと思っているのを正すことである。２恐れが及ぼす影響を自分で抑制することは決してできない、というのも恐れを作ったのは自分であり、そのうえ自分の作ったものを信じているからだ。３とすれば、あなたの態度は内容は違っているが、御創造主に似ている、それというのも御創造主は創造なさったものに対して、自らが創造したのだからといって、完全な信頼を持っておられるからである。４信じるということが、何かが存在するということを受け入れさせる。５だから他には誰も真実だと思わないことでも信じられるわけだ。６それが自分にとっては真実だというのも、それを作ったのは自分だからである。

５　恐れに関して心に映ることは、すべて創造の段階では存在しないものであるから真実ではない、従ってそれはまったく存在しないのである。２この評価の仕方を自分でどの程度まで信じる気になるにせよ、その範囲内で自分がどう知覚するかを正せる。３奇跡は間違ったものを真実であるものから、次に述べることに基づいて選り分ける。

　　　４完全な愛は恐れを取り除く（S -32）。
　　　５もし恐れが存在すれば、
　　　完全な愛はないことになる。
　　　６しかしながらー　
　　　７完全な愛だけが存在する。
　　　８もし恐れがあれば、
　　　それは存在しない状態を生み出す。

９これを信じればあなたは自由になるであろう。10こうした解決法を設けることができるのは神だけであり、こう信じる心こそ神の賜物である（S- 33）。

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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 24 Apr 2026 08:00:58 GMT</pubDate>
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六　必要性についての錯覚

　１　平安を得たいと望むなら、ただ完全に許すことによってのみ、それを見いだせる。２何を学ぶにしても、それを学びたいと望み、また自分にとって必要だと何とか信じないかぎり、何をも自分のものにはできない。３神の創造には不足するものなどないのに、あなたが作ったものには不足するものがあることはきわめて明白である。４実のところ、これこそ本質的な違いだろう。５何かに不足しているということは、現状から抜けだして自分を他の状態においてこそ、幸せになれるということを暗に示している。６「人類の堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足していなかった。７必要なものなど全くなかったのである（S- 30）。８必要に迫られるのは、ただ自分で自分のものを拒むときだけだといえる。９自分にとって必要なものを特定の順序に設けておいて、それに従って行動しようとする。10そうするにしても、まず自分のことを何であると知覚するかによって左右されるのである。

２　神から分離しているとの思いこそ、自分は不足していると思わせるもとであり、実にあなたに正す必要があるのはただこれだけだといえる。２こうした分離感は、もしあなたが自分で真理について知覚したことを歪めておいて、自分には何か欠けていると知覚したりなどしなかったなら、決して生じなかったはずだ。３必要なものに順序があるとの想念が生じたというのも、そうした基本的な誤りをして、すでに自分を異なることを必要とする段階へとばらばらにしていたからである。４そんな自分を統合するに従って一つになるのであり、そうすることで必要だと思うものも一つになる。５必要なものが一様となれば、行動のしかたも統一されたものになる、そうすることが葛藤のない状態をうみだすのであるから（S- 31）。

３　必要なものに順序があるとの想念自体は、人は神から分離できるという最初の誤りにひき続いておきるのだが、まずそうした想念のある段階においてそれを訂正する必要があり、その後で段階を仮にも知覚するという誤りそのものを正すことができる。２あなたが異なった段階で役目を果たしているうちは、効果的には振る舞えない。３しかしながら、そうしているうちは、まず一番下のところから上にむかって訂正を始めなければならない。４それというのもあなたが「上」や「下」といった概念に意味があるとする、空間に生きていると思っているからである。５究極的には空間も時間と同じように意味がない。６両方とも単に信じ込んでいるにすぎないこと。

４　この世の本当の目的はそれを使って、あなたが信じられないと思っているのを正すことである。２恐れが及ぼす影響を自分で抑制することは決してできない、というのも恐れを作ったのは自分であり、そのうえ自分の作ったものを信じているからだ。３とすれば、あなたの態度は内容は違っているが、御創造主に似ている、それというのも御創造主は創造なさったものに対して、自らが創造したのだからといって、完全な信頼を持っておられるからである。４信じるということが、何かが存在するということを受け入れさせる。５だから他には誰も真実だと思わないことでも信じられるわけだ。６それが自分にとっては真実だというのも、それを作ったのは自分だからである。

５　恐れに関して心に映ることは、すべて創造の段階では存在しないものであるから真実ではない、従ってそれはまったく存在しないのである。２この評価の仕方を自分でどの程度まで信じる気になるにせよ、その範囲内で自分がどう知覚するかを正せる。３奇跡は間違ったものを真実であるものから、次に述べることに基づいて選り分ける。

　　　４完全な愛は恐れを取り除く（S -32）。
　　　５もし恐れが存在すれば、
　　　完全な愛はないことになる。
　　　６しかしながらー　
　　　７完全な愛だけが存在する。
　　　８もし恐れがあれば、
　　　それは存在しない状態を生み出す。

９これを信じればあなたは自由になるであろう。10こうした解決法を設けることができるのは神だけであり、こう信じる心こそ神の賜物である（S- 33）。

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  <item>
   <title><![CDATA[１８、奇跡の道テキスト/1章-5節「完全な姿と霊」4-6段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章5節の4-6段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

4 究極的には、神の家族はひとりのこらず必ず戻るべきである。2 奇跡は、たとえその⼈は⾃分が霊のうちにあると気づいていないとしても、なおその⼈を祝福し尊ぶので、⼀⼈ひとりに戻ってくるようにと呼びかける。3「神をあなどってはならない」とは、戒めではなくて安⼼させようとする励ましのことばである。4 もし神に創造されたものがすこしでも神聖さに⽋けていたら、神はあなどられているということになるであろう。5 神の創造は完全であり、完全であるという印こそが神聖なすがた。6 奇跡は御⼦としての⾝分を肯定する表現であり、その⾝分とはすべてが完了し、満ち満たされたるすがたである。

5 真実であるものは永遠であり、変わることはできないし、変えられてしまうこともない。2 したがって、霊はすでに完全であるから変更できないものであるが、⼼はみずから仕えたいと思うものを選べる。3 その選択をするばあい唯⼀の制限は、⼆⼈の主⼈には奉仕できないということ。4 もし⼼が選ぶなら、霊のなかだちとなれるのだが、それは霊が⾃らの創造⽅針にしたがって創造するなかだちをするということ。5 もしこうすることを⾃由に選ばないとすれば、⼼はそれ⾃体の創造的可能性を保持するとはいえ、⾃らを権威ある御⽅の⽀配下ではなく圧制的に⽀配するものの下におくことになる。6 その結果、閉じ込められてしまうことになる、暴君はとかくそんなことを命ずるものであるから。7 ⼼を変えるとは、⾃分の⼼を真の御権威者が⾃由になさるに任せるとの意味である。

6 奇跡はそうした⼼が私に導かれてキリストに仕えることを選んだ、というしるし。2 キリストとして満ちあふれたすがたこそ、キリストに従うことを選んだ当然の成果である。3 浅い根はすべて根こそぎにしなければならない、あなたを⽀えるには⼗分な深さではないのだから。4 浅い根はもっと深くできるし、そうすれば持ち堪えさせられると錯覚するのはゆがんだ⾒かたの⼀つだが、これは⻩⾦律を逆にするもとになる。5 こうした間違った⽀えを放棄するにしたがって、⼀時的に気持ちが落ち着かなくなる。6 しかしながら、ものごとをさかさまに⾒て、それを⽅向づけようとすることほど不安定なことはない。7 ましてやそれを逆にしたままで⽀えておいて、安定感を増す助けになるものなど何もないのである。

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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 17 Apr 2026 08:00:14 GMT</pubDate>
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4 究極的には、神の家族はひとりのこらず必ず戻るべきである。2 奇跡は、たとえその⼈は⾃分が霊のうちにあると気づいていないとしても、なおその⼈を祝福し尊ぶので、⼀⼈ひとりに戻ってくるようにと呼びかける。3「神をあなどってはならない」とは、戒めではなくて安⼼させようとする励ましのことばである。4 もし神に創造されたものがすこしでも神聖さに⽋けていたら、神はあなどられているということになるであろう。5 神の創造は完全であり、完全であるという印こそが神聖なすがた。6 奇跡は御⼦としての⾝分を肯定する表現であり、その⾝分とはすべてが完了し、満ち満たされたるすがたである。

5 真実であるものは永遠であり、変わることはできないし、変えられてしまうこともない。2 したがって、霊はすでに完全であるから変更できないものであるが、⼼はみずから仕えたいと思うものを選べる。3 その選択をするばあい唯⼀の制限は、⼆⼈の主⼈には奉仕できないということ。4 もし⼼が選ぶなら、霊のなかだちとなれるのだが、それは霊が⾃らの創造⽅針にしたがって創造するなかだちをするということ。5 もしこうすることを⾃由に選ばないとすれば、⼼はそれ⾃体の創造的可能性を保持するとはいえ、⾃らを権威ある御⽅の⽀配下ではなく圧制的に⽀配するものの下におくことになる。6 その結果、閉じ込められてしまうことになる、暴君はとかくそんなことを命ずるものであるから。7 ⼼を変えるとは、⾃分の⼼を真の御権威者が⾃由になさるに任せるとの意味である。

6 奇跡はそうした⼼が私に導かれてキリストに仕えることを選んだ、というしるし。2 キリストとして満ちあふれたすがたこそ、キリストに従うことを選んだ当然の成果である。3 浅い根はすべて根こそぎにしなければならない、あなたを⽀えるには⼗分な深さではないのだから。4 浅い根はもっと深くできるし、そうすれば持ち堪えさせられると錯覚するのはゆがんだ⾒かたの⼀つだが、これは⻩⾦律を逆にするもとになる。5 こうした間違った⽀えを放棄するにしたがって、⼀時的に気持ちが落ち着かなくなる。6 しかしながら、ものごとをさかさまに⾒て、それを⽅向づけようとすることほど不安定なことはない。7 ましてやそれを逆にしたままで⽀えておいて、安定感を増す助けになるものなど何もないのである。

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   <title><![CDATA[１７、奇跡の道テキスト/1章-5節「完全な姿と霊」1-3段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章5節の1-3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

五 完全なすがたと霊

1 奇跡とからだとがよく似ているのは、どちらも学びの⼿助けになるという点においてだが、両⽅とも、それが必要でなくなる状態をもたらすことができるようにするための⼿助けである。2 直に意志の疎通をおこなうという霊の本来の状態に達したとき、からだも奇跡も役⽴たなくなる。3 しかしながら、あなたがからだのうちにいると信じるあいだは、愛の伴わない表現経路か奇跡的な表現経路か、そのいずれかを選べる。4 あなたは空虚な殻を作ることはできるが、全然なにも現さないというわけにはいかない。5 待ったり⼿間取ったり⾃分を⿇庫させたりできるし、あるいは⾃分の創造⼒をないも同然にまで減らせる。6 しかし、完全になくすことはできない。7 意志の疎通をする仲⽴ちとなるものをくじくことはできるが、⾃分の可能性はくじけない。8 ⾃分で⾃分というものを創造したのではないのである。

2 奇跡を⾏う気がある者にとって、基本的なきまりは必要以上に時間を待たないということである。2 時間は無駄に過ごされもすれば、ただ過ぎ去っていきもする。3 したがって、奇跡を⾏う者は時間を制御するための要素をよろこんで受けいれる。4 その⼈は時間がつぶれるごとに、すべての者が時間から究極的に解放された状態に近づけられることに気づいており、そこでは御⼦と御⽗とは⼀体である。5 平等であるということは、今ここで平等だとい
う意味を含んでいるのではない。6 誰もがみなあらゆるものを持っていると認めれば、御⼦としての⾝分のためにと、個々に尽⼒する必要はもはやなくなるのである。

3 贖罪が完了したとき、与えられている天分はすべて神の⼦みんなで分かち合うことになる。2 神はえこひいきするようなお⽅ではない。3 神の⼦みんなが神の全き御愛をもっており、神のすべての賜物は⼀⼈ひとりに同じように、惜しむことなく⾃由に与えられているのである。4「あなたたちが、⼦どもの状態に⽴ちかえらないなら」といわれる意味は、⾃分は神に完全に依存していると⼗分に認めないかぎり、御⼦が御⽗と真に結ばれているときにそなわっている、御⼦の本当の⼒がわからないということ。5 神の⼦たちが特別だといえるすがたになるのは、だれかを除外することによってではなくて、みんなを含むことからだ。6 私のきょうだいはみんな特別である。7 もしだれかが⾃分は何かを奪われていると信じるなら、知覚のしかたは歪んでしまう。8 これが起きると、神の家族全員または御⼦としての⾝分のつながりは弱まってしまうのである。

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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 10 Apr 2026 08:00:12 GMT</pubDate>
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五 完全なすがたと霊

1 奇跡とからだとがよく似ているのは、どちらも学びの⼿助けになるという点においてだが、両⽅とも、それが必要でなくなる状態をもたらすことができるようにするための⼿助けである。2 直に意志の疎通をおこなうという霊の本来の状態に達したとき、からだも奇跡も役⽴たなくなる。3 しかしながら、あなたがからだのうちにいると信じるあいだは、愛の伴わない表現経路か奇跡的な表現経路か、そのいずれかを選べる。4 あなたは空虚な殻を作ることはできるが、全然なにも現さないというわけにはいかない。5 待ったり⼿間取ったり⾃分を⿇庫させたりできるし、あるいは⾃分の創造⼒をないも同然にまで減らせる。6 しかし、完全になくすことはできない。7 意志の疎通をする仲⽴ちとなるものをくじくことはできるが、⾃分の可能性はくじけない。8 ⾃分で⾃分というものを創造したのではないのである。

2 奇跡を⾏う気がある者にとって、基本的なきまりは必要以上に時間を待たないということである。2 時間は無駄に過ごされもすれば、ただ過ぎ去っていきもする。3 したがって、奇跡を⾏う者は時間を制御するための要素をよろこんで受けいれる。4 その⼈は時間がつぶれるごとに、すべての者が時間から究極的に解放された状態に近づけられることに気づいており、そこでは御⼦と御⽗とは⼀体である。5 平等であるということは、今ここで平等だとい
う意味を含んでいるのではない。6 誰もがみなあらゆるものを持っていると認めれば、御⼦としての⾝分のためにと、個々に尽⼒する必要はもはやなくなるのである。

3 贖罪が完了したとき、与えられている天分はすべて神の⼦みんなで分かち合うことになる。2 神はえこひいきするようなお⽅ではない。3 神の⼦みんなが神の全き御愛をもっており、神のすべての賜物は⼀⼈ひとりに同じように、惜しむことなく⾃由に与えられているのである。4「あなたたちが、⼦どもの状態に⽴ちかえらないなら」といわれる意味は、⾃分は神に完全に依存していると⼗分に認めないかぎり、御⼦が御⽗と真に結ばれているときにそなわっている、御⼦の本当の⼒がわからないということ。5 神の⼦たちが特別だといえるすがたになるのは、だれかを除外することによってではなくて、みんなを含むことからだ。6 私のきょうだいはみんな特別である。7 もしだれかが⾃分は何かを奪われていると信じるなら、知覚のしかたは歪んでしまう。8 これが起きると、神の家族全員または御⼦としての⾝分のつながりは弱まってしまうのである。

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   <title><![CDATA[１６、奇跡の道テキスト/1章-4節「暗闇からの逃避」1-4段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章4節の1-4段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

1 暗闇から逃れるには⼆つの段階を必要とする ー 第⼀に、暗闇は隠すことはできないと認めること。2 普通これには恐れが必 然的にともなう。3 第⼆に、もしそれができるとしても、隠したいと思うものは何もないと認めること。4 このようにすれば恐れから逃れることができる。5 ⾃らすすんで何も隠さないようになれば、霊的交わりへと快く⼊るようになるのみならず、平安や喜びを理解するようにもなるだろう。

2 神聖なるものは決して実際に暗闇に隠されることはないが、それについて⾃分⾃⾝をだますことはできる。2 こうして欺こうとすると恐れをいだくのは、胸のなかでは確かにごまかしだと気づいているからであり、その実在性を確⽴しようとして途⽅もないほど努⼒をするのである。3 奇跡は実在をそれにふさわしいところへ据える。4 実在は霊にのみふさわしく、奇跡は真理だけを承認する。5 こうして⾃分⾃⾝についての錯覚をぬぐい去り、あなたを神との霊的交わりのうちにおくのである。6 奇跡は贖罪に加わるが、それは⼼を聖霊に仕えさせることによってする。7 こうすることが ⼼の適切な役⽬を確⽴し、そのうえ⼼の誤りを正すわけだが、その誤りとは単に愛が⽋如していることにすぎない。8 あなたの⼼は錯覚のとりことなり得るが、霊は永遠に⾃由である。9 もし⼼が愛 なしに知覚すれば、殻の中には何もないと知覚してしまい、その中にある霊には気づかない。10 しかし贖罪が霊をそれ相応のところへと戻す。11 霊に仕える⼼こそ不死⾝だといえるのである。

3 暗闇とは光が⽋如していることだが、それと同様に罪とは愛が⽋如していることである。2 暗闇⾃体にはそれだけにあるといえる特性など何もない。3 それは「⽋乏」を信じるという⼀例であり、この信念からはただ誤りが⽣じるだけである。4 真理はつねに満ちあふれている。5 あらゆるものを持っていると知覚し、承認する者たちは何をも必要としない。6 贖罪の⽬的はあらゆるものをあなたに戻すこと、もっと正確にいえば、あらゆるものをあなたが⾃覚できるようにすることだ。7 あなたは創造されたときに、だれもがそうであったように、あらゆるものを与えられたのである。

4 恐れのために⽣じた空しさを許しと取り替えなければならない。2「死はない」と聖書にあるのはそうした意味であり、死は存在しないと私が実証できたわけでもある。3 私が来たのも律法そのものを解釈し直して、それを完成するためである 4 そうした律法⾃体は、もし正しく理解されれば、ただ保護することを提案しているとわかる。5 これに「ゲへンナの⽕」という概念を持ち込んだのは、⾃分の⼼をまだ変えていない者たちだ。6 私は、だれであろうが私に証明させ、また許可してくれる範囲で、その⼈のために証明すると請け合う。7 証明するとは⾃分が信じることを実証するのであり、したがってそうした信念を強めることになる。8 私のために証明する者たちが奇跡によって現しているのは、⾃分は満たされているとわかってきたうえ、そうした状態は⾃分たちのものだということに同意して、恵まれていないと信じるのはやめたということである。

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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 03 Apr 2026 08:00:13 GMT</pubDate>
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1 暗闇から逃れるには⼆つの段階を必要とする ー 第⼀に、暗闇は隠すことはできないと認めること。2 普通これには恐れが必 然的にともなう。3 第⼆に、もしそれができるとしても、隠したいと思うものは何もないと認めること。4 このようにすれば恐れから逃れることができる。5 ⾃らすすんで何も隠さないようになれば、霊的交わりへと快く⼊るようになるのみならず、平安や喜びを理解するようにもなるだろう。

2 神聖なるものは決して実際に暗闇に隠されることはないが、それについて⾃分⾃⾝をだますことはできる。2 こうして欺こうとすると恐れをいだくのは、胸のなかでは確かにごまかしだと気づいているからであり、その実在性を確⽴しようとして途⽅もないほど努⼒をするのである。3 奇跡は実在をそれにふさわしいところへ据える。4 実在は霊にのみふさわしく、奇跡は真理だけを承認する。5 こうして⾃分⾃⾝についての錯覚をぬぐい去り、あなたを神との霊的交わりのうちにおくのである。6 奇跡は贖罪に加わるが、それは⼼を聖霊に仕えさせることによってする。7 こうすることが ⼼の適切な役⽬を確⽴し、そのうえ⼼の誤りを正すわけだが、その誤りとは単に愛が⽋如していることにすぎない。8 あなたの⼼は錯覚のとりことなり得るが、霊は永遠に⾃由である。9 もし⼼が愛 なしに知覚すれば、殻の中には何もないと知覚してしまい、その中にある霊には気づかない。10 しかし贖罪が霊をそれ相応のところへと戻す。11 霊に仕える⼼こそ不死⾝だといえるのである。

3 暗闇とは光が⽋如していることだが、それと同様に罪とは愛が⽋如していることである。2 暗闇⾃体にはそれだけにあるといえる特性など何もない。3 それは「⽋乏」を信じるという⼀例であり、この信念からはただ誤りが⽣じるだけである。4 真理はつねに満ちあふれている。5 あらゆるものを持っていると知覚し、承認する者たちは何をも必要としない。6 贖罪の⽬的はあらゆるものをあなたに戻すこと、もっと正確にいえば、あらゆるものをあなたが⾃覚できるようにすることだ。7 あなたは創造されたときに、だれもがそうであったように、あらゆるものを与えられたのである。

4 恐れのために⽣じた空しさを許しと取り替えなければならない。2「死はない」と聖書にあるのはそうした意味であり、死は存在しないと私が実証できたわけでもある。3 私が来たのも律法そのものを解釈し直して、それを完成するためである 4 そうした律法⾃体は、もし正しく理解されれば、ただ保護することを提案しているとわかる。5 これに「ゲへンナの⽕」という概念を持ち込んだのは、⾃分の⼼をまだ変えていない者たちだ。6 私は、だれであろうが私に証明させ、また許可してくれる範囲で、その⼈のために証明すると請け合う。7 証明するとは⾃分が信じることを実証するのであり、したがってそうした信念を強めることになる。8 私のために証明する者たちが奇跡によって現しているのは、⾃分は満たされているとわかってきたうえ、そうした状態は⾃分たちのものだということに同意して、恵まれていないと信じるのはやめたということである。

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   <title><![CDATA[１５、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」6-9段落]]></title>
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３、本日のテキスト

6 あなたは知覚するものに対して応じ、知覚することに沿うようにと振る舞う。2 ⻩⾦律は、だれかにしてほしいと思うことを、⾃分がまずその⼈に⾏うようにと求める。3これは両者の知覚が正確でなければならないということを意味する。4 ⻩⾦律はふさわしく振る舞うための規則といえる。5 正しく知覚しない限り、ふさわしく振る舞うことなどできない。6 あなたと隣⼈とは⼀つ家族の等しい⼀員どうしなのだから、⾃分と隣⼈とをそのように知覚するなら、それ相応に⽴ち居振る舞い、それ相応に接するだろう。7 ⾃分⾃⾝の神聖さをまず知覚し、それからほかの⼈たちの神聖さに⽬をむけるべきだといえる。

7 奇跡が起きるのは、それにたいする⼼構えのできた⼼からである。2 ⼀つに結ばれることによって、そうした⼼はだれのところにでも赴く、 たとえ奇跡をおこなう者⾃⾝はそれを⾃覚していないとしても。3 奇跡が個⼈差に関しない性質をもつのは贖罪というもの⾃体の性質がそうだからであり、これが創造されたものをみな御創造主と⼀つに結ぶのである。4 あなたの真のすがたが現れているとして、奇跡はそうした⼼を恩寵のもとにおく。5そのあと、その⼼は中におられる御主と外にいる、⾒知らぬ⼈とを歓迎するのは当然となる。6あなたがその⾒知らぬ⼈を招きよせたとき、その⼈は⾃分のきょうだいとなるのである。

8 あなたが気づかないうちに、奇跡がなんらかの影響をきょうだいたちに及ぼすことがあったとしても、それは⼼配しなくてもよいことである。 2 奇跡はあなたを必ず祝福する。3 あなたに為し遂げるようにと求められていない奇跡は、その価値を失ってなどいない。4 そうした奇跡もやはりあなた⾃⾝は恩寵のもとにあるとの現れである、しかし奇跡がどのように働くかは、私が全計画について完全に知っているので、私の管理にまかせるべきである。5 本来、個⼈差に関与しないとする奇跡を⾏う気があるとき、それはあなたの恩寵を確保するが、ただどこに授けられるか、それがわかる⽴場にいるのは私だけである。

9 奇跡は選択的であるといえるとすれば、それはただ⾃分のために使う者たちへと向けられる、という意味にとった場合だけである。2 その⼈たちは、ほかの者たちにもそれを差し伸べるようになることは必然的なので、贖罪のための強いつながりが融合される。3 しかしながら、この選択性は奇跡そのものの規模については無視する、なぜなら⼤きさについての概念というものが存在する段階は、それ⾃体実在的ではないからである。4 奇跡は実在についての⾃覚を回復させることを⽬指すのだから、もし奇跡そのものが、正すことを⽬指している誤りを左右する法則で縛られているとしたら、役に⽴たなくなってしまうだろう。

#奇跡の道
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 27 Mar 2026 08:00:20 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の6-9段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

6 あなたは知覚するものに対して応じ、知覚することに沿うようにと振る舞う。2 ⻩⾦律は、だれかにしてほしいと思うことを、⾃分がまずその⼈に⾏うようにと求める。3これは両者の知覚が正確でなければならないということを意味する。4 ⻩⾦律はふさわしく振る舞うための規則といえる。5 正しく知覚しない限り、ふさわしく振る舞うことなどできない。6 あなたと隣⼈とは⼀つ家族の等しい⼀員どうしなのだから、⾃分と隣⼈とをそのように知覚するなら、それ相応に⽴ち居振る舞い、それ相応に接するだろう。7 ⾃分⾃⾝の神聖さをまず知覚し、それからほかの⼈たちの神聖さに⽬をむけるべきだといえる。

7 奇跡が起きるのは、それにたいする⼼構えのできた⼼からである。2 ⼀つに結ばれることによって、そうした⼼はだれのところにでも赴く、 たとえ奇跡をおこなう者⾃⾝はそれを⾃覚していないとしても。3 奇跡が個⼈差に関しない性質をもつのは贖罪というもの⾃体の性質がそうだからであり、これが創造されたものをみな御創造主と⼀つに結ぶのである。4 あなたの真のすがたが現れているとして、奇跡はそうした⼼を恩寵のもとにおく。5そのあと、その⼼は中におられる御主と外にいる、⾒知らぬ⼈とを歓迎するのは当然となる。6あなたがその⾒知らぬ⼈を招きよせたとき、その⼈は⾃分のきょうだいとなるのである。

8 あなたが気づかないうちに、奇跡がなんらかの影響をきょうだいたちに及ぼすことがあったとしても、それは⼼配しなくてもよいことである。 2 奇跡はあなたを必ず祝福する。3 あなたに為し遂げるようにと求められていない奇跡は、その価値を失ってなどいない。4 そうした奇跡もやはりあなた⾃⾝は恩寵のもとにあるとの現れである、しかし奇跡がどのように働くかは、私が全計画について完全に知っているので、私の管理にまかせるべきである。5 本来、個⼈差に関与しないとする奇跡を⾏う気があるとき、それはあなたの恩寵を確保するが、ただどこに授けられるか、それがわかる⽴場にいるのは私だけである。

9 奇跡は選択的であるといえるとすれば、それはただ⾃分のために使う者たちへと向けられる、という意味にとった場合だけである。2 その⼈たちは、ほかの者たちにもそれを差し伸べるようになることは必然的なので、贖罪のための強いつながりが融合される。3 しかしながら、この選択性は奇跡そのものの規模については無視する、なぜなら⼤きさについての概念というものが存在する段階は、それ⾃体実在的ではないからである。4 奇跡は実在についての⾃覚を回復させることを⽬指すのだから、もし奇跡そのものが、正すことを⽬指している誤りを左右する法則で縛られているとしたら、役に⽴たなくなってしまうだろう。

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   <itunes:title>１５、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」6-9段落</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[１４、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」3-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[＊本日ご紹介した祈りの言葉「今日私に求められる奇跡がなんであれ、私がそれを行えるように助けてください」この言葉で一日を始めるとあなたの役にたつかもしれません。

奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の3-5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

３　許された者は贖罪のために手助けする者となる。２その人たちは霊に満たされているので、自分も許しをもって返すようになる。３解放された者はきょうだいを解放することにぜひ加わるべきである、これこそ贖罪の計画であるから。４奇跡は、聖霊に仕える心が私と一つに結ばれる方法であって、こうして共に神が創造なさったものすべてを救い、解放するために聖霊に仕えるのである。

　４　ただ私だけが差別することなく奇跡を成すことができる、なぜなら私が贖罪そのものだからである。２贖罪において、あなたは私が指図する役を受け持つことになる。３どの奇跡を成すべきかを私に聞くがよい。４こうすれば無駄な努力をしないですむ、それというのも、直に意志の疎通をしながら行動するようになるからだ。５個人差に関しないという奇跡の性質は欠くことのできない要素だ、私はそれをいかに応用するかを指導できるし、私の導きのもとに、奇跡はきわめて個人的に啓示を経験することにつながるのだから。６導く者は支配するのではないが確かに指導はするのであって、そのあとは従う者にまかせておく。７「私たちをこころみにあわせず」というのは「自分の誤りを認め、私の導きに従ってそうした誤りを捨て去ることを選ぶように」との意味である。

　５　誤りは真理を実際には脅かすことなどできず、真理はそうしたことに必ず耐えられる。２ただ誤っているものだけが、実のところ何かにつけて弱いといえる。３あなたは自由に自分の王国を思いどおりの所へ設けられるが、もし次のことを覚えておけば、正しく選択するのは必然的。

４霊は永遠に恩寵のもとにある。
５あなたの実在はただ霊であるのみ。
６従ってあなたは永遠に恩寵のもとにある。

７この観点にもとづいて、贖罪はすべての誤りを元通りにし、こうすることで恐れの源を根絶する。８神が安心させようとなさることを、あなたは脅威と感じるときには、必ず自分が誤って与えたか、誤ったものに対する忠誠心を守ろうとしているからだ。９あなたがこうしたことを誰かに投影するとき、その人を囚われの身とするが、それはただその人自身がすでに侵した誤りを強化する程度にだけである。10こうなっら、その人自身はさらに誰か他の人の歪みに対して弱くなるが、それは自分に対する知覚がすでに歪んでいるからだ。11奇跡を行う者はその人をただ祝福できるだけであって、こうすることがその人の歪みをもと通りにし、牢獄からも釈放することになる。

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   <link>https://stand.fm/episodes/69b0c51fe9aabf2d7203b667</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 20 Mar 2026 08:00:13 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>＊本日ご紹介した祈りの言葉「今日私に求められる奇跡がなんであれ、私がそれを行えるように助けてください」この言葉で一日を始めるとあなたの役にたつかもしれません。

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３、本日のテキスト

３　許された者は贖罪のために手助けする者となる。２その人たちは霊に満たされているので、自分も許しをもって返すようになる。３解放された者はきょうだいを解放することにぜひ加わるべきである、これこそ贖罪の計画であるから。４奇跡は、聖霊に仕える心が私と一つに結ばれる方法であって、こうして共に神が創造なさったものすべてを救い、解放するために聖霊に仕えるのである。

　４　ただ私だけが差別することなく奇跡を成すことができる、なぜなら私が贖罪そのものだからである。２贖罪において、あなたは私が指図する役を受け持つことになる。３どの奇跡を成すべきかを私に聞くがよい。４こうすれば無駄な努力をしないですむ、それというのも、直に意志の疎通をしながら行動するようになるからだ。５個人差に関しないという奇跡の性質は欠くことのできない要素だ、私はそれをいかに応用するかを指導できるし、私の導きのもとに、奇跡はきわめて個人的に啓示を経験することにつながるのだから。６導く者は支配するのではないが確かに指導はするのであって、そのあとは従う者にまかせておく。７「私たちをこころみにあわせず」というのは「自分の誤りを認め、私の導きに従ってそうした誤りを捨て去ることを選ぶように」との意味である。

　５　誤りは真理を実際には脅かすことなどできず、真理はそうしたことに必ず耐えられる。２ただ誤っているものだけが、実のところ何かにつけて弱いといえる。３あなたは自由に自分の王国を思いどおりの所へ設けられるが、もし次のことを覚えておけば、正しく選択するのは必然的。

４霊は永遠に恩寵のもとにある。
５あなたの実在はただ霊であるのみ。
６従ってあなたは永遠に恩寵のもとにある。

７この観点にもとづいて、贖罪はすべての誤りを元通りにし、こうすることで恐れの源を根絶する。８神が安心させようとなさることを、あなたは脅威と感じるときには、必ず自分が誤って与えたか、誤ったものに対する忠誠心を守ろうとしているからだ。９あなたがこうしたことを誰かに投影するとき、その人を囚われの身とするが、それはただその人自身がすでに侵した誤りを強化する程度にだけである。10こうなっら、その人自身はさらに誰か他の人の歪みに対して弱くなるが、それは自分に対する知覚がすでに歪んでいるからだ。11奇跡を行う者はその人をただ祝福できるだけであって、こうすることがその人の歪みをもと通りにし、牢獄からも釈放することになる。

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   <itunes:title>１４、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」3-5段落</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[１３、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」1-2段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の1から2段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

私は贖罪の過程を担当しているが、それを始めることをも引き受けたのである。2 あなたが私のきょうだいたちの誰かに奇跡を申し出るときは、⾃分⾃⾝と私にするということになる。3 あなたを私のまえに⾔った理由は、私⾃⾝の贖罪のためには奇跡を必要としないが、あなたが⼀時的に失敗したばあいに備えて後ろにいるからである。4 贖罪における私の役割は、あなたにはとても正すことができないような誤りをすべて取り消すことであるが、私がそうしなければ、⾃分では正すことはできないものとなる。5 ⾃分の本分に⽬覚めたとき、あなた⾃⾝も贖罪の⼀部になるのは当然である。6 あなた⾃⾝とほかの者たちの誤りを受け⼊れたくないという、私の思いをあなたも持っているのだから、あなたもそうした誤りを正す偉⼤な改⾰に加わらなければならないのであって、そのためには私の声を聞き、誤りをもと通りにすることを学び、正すことにつとめてほしい。7 奇跡を⾏う⼒はあなたのものである。8 私がそれを⾏う機会を⽤意するが、⾃分で覚悟をきめて進んで⾏わなければならない。9 ⾏うということがその能⼒に対して確信をもたらす、確信は成し遂げたことを通して得られるのだから。10 そうした能⼒は可能性であり、達成したことはその現れだといえる、そして神の⼦供達にとって本来の仕事である贖罪がその⽬標となる。

2 「天地はすぎ去る」とは、天と地が分かれた状態のままで続くのではないとの意味である。2 私の⾔葉は復活でありまた命そのものであって、命は永遠であるから私の⾔葉がすぎ去るということはない。３あなたが神のみわざであり、神のみわざは本当に愛らしく、かつ本当の愛に満つるものでもある。4 ⼈は⾃分の胸のなかで⾃分のことをこのように思うべきだ、これがその⼈の本来のすがたであるから。

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   <link>https://stand.fm/episodes/69a63c45058ff820d0295403</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 13 Mar 2026 08:00:15 GMT</pubDate>
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３、本日のテキスト

私は贖罪の過程を担当しているが、それを始めることをも引き受けたのである。2 あなたが私のきょうだいたちの誰かに奇跡を申し出るときは、⾃分⾃⾝と私にするということになる。3 あなたを私のまえに⾔った理由は、私⾃⾝の贖罪のためには奇跡を必要としないが、あなたが⼀時的に失敗したばあいに備えて後ろにいるからである。4 贖罪における私の役割は、あなたにはとても正すことができないような誤りをすべて取り消すことであるが、私がそうしなければ、⾃分では正すことはできないものとなる。5 ⾃分の本分に⽬覚めたとき、あなた⾃⾝も贖罪の⼀部になるのは当然である。6 あなた⾃⾝とほかの者たちの誤りを受け⼊れたくないという、私の思いをあなたも持っているのだから、あなたもそうした誤りを正す偉⼤な改⾰に加わらなければならないのであって、そのためには私の声を聞き、誤りをもと通りにすることを学び、正すことにつとめてほしい。7 奇跡を⾏う⼒はあなたのものである。8 私がそれを⾏う機会を⽤意するが、⾃分で覚悟をきめて進んで⾏わなければならない。9 ⾏うということがその能⼒に対して確信をもたらす、確信は成し遂げたことを通して得られるのだから。10 そうした能⼒は可能性であり、達成したことはその現れだといえる、そして神の⼦供達にとって本来の仕事である贖罪がその⽬標となる。

2 「天地はすぎ去る」とは、天と地が分かれた状態のままで続くのではないとの意味である。2 私の⾔葉は復活でありまた命そのものであって、命は永遠であるから私の⾔葉がすぎ去るということはない。３あなたが神のみわざであり、神のみわざは本当に愛らしく、かつ本当の愛に満つるものでもある。4 ⼈は⾃分の胸のなかで⾃分のことをこのように思うべきだ、これがその⼈の本来のすがたであるから。

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  <item>
   <title><![CDATA[１２、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」6段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の6段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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6 奇跡というものは時間の必要性を最も少なくする。2 経度とか経線のようないわば横の広がりにおいては、御⼦としての⾝分に属するものたちは平等であると認めようとすると、それにはほとんど限りがないほどの時間が必要になりそうだとさえ思える。3 しかしながら、奇跡は必然的に横に知覚することから縦に知覚することへと突然、移⾏する。4 こうしたことが時間の差というものをもたらすのであるが、それは与え⼿と受け⼿の両者が、こういうことがなかったとしたら、そこに留まっていたであろうといえる時点と、これがためにさらに進んだ時点に現れることになる、その時間の差をいうのである。5 かくして奇跡は時間を完全になくすという独特の性質を持っているといえるわけで、これは奇跡が及ぶそうした時間的隔たりを不必要にするところまで完全になくすということ。6 奇跡に要する時間とその奇跡そのものが包括する時間とはなんの関係もない。7 奇跡は学んで修得するには何千年かかるかもしれないようなことの代わりともなるのである。8基本となるものを認めることによって、そうした学びの代わりとなるのだが、それは与え⼿と受け⼿は完全に対等であると再認識するということであって、これに奇跡はもとづいている。 9 奇跡は時間をこわすことによってそれを縮め、そうすることでその中に含まれている時間の差を取り除く。10 しかしながら、奇跡はこれをより⼤きな時間的つながりのなかで成すのである。
---
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 08:00:25 GMT</pubDate>
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6 奇跡というものは時間の必要性を最も少なくする。2 経度とか経線のようないわば横の広がりにおいては、御⼦としての⾝分に属するものたちは平等であると認めようとすると、それにはほとんど限りがないほどの時間が必要になりそうだとさえ思える。3 しかしながら、奇跡は必然的に横に知覚することから縦に知覚することへと突然、移⾏する。4 こうしたことが時間の差というものをもたらすのであるが、それは与え⼿と受け⼿の両者が、こういうことがなかったとしたら、そこに留まっていたであろうといえる時点と、これがためにさらに進んだ時点に現れることになる、その時間の差をいうのである。5 かくして奇跡は時間を完全になくすという独特の性質を持っているといえるわけで、これは奇跡が及ぶそうした時間的隔たりを不必要にするところまで完全になくすということ。6 奇跡に要する時間とその奇跡そのものが包括する時間とはなんの関係もない。7 奇跡は学んで修得するには何千年かかるかもしれないようなことの代わりともなるのである。8基本となるものを認めることによって、そうした学びの代わりとなるのだが、それは与え⼿と受け⼿は完全に対等であると再認識するということであって、これに奇跡はもとづいている。 9 奇跡は時間をこわすことによってそれを縮め、そうすることでその中に含まれている時間の差を取り除く。10 しかしながら、奇跡はこれをより⼤きな時間的つながりのなかで成すのである。
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   <itunes:title>１２、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」6段落</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[１１、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」4-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の4段落と5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

4 「私によらずには、だれ⼀⼈、⽗のみもとにはいけない」と聖書にあるが、それは私があなたからすこしも離れていないし、どのようにも違ってはいないことを意味する、ただし時間においては違っているのだが、時間というものは実際には存在しないのである。2 この⾔い⽅は横軸よりもむしろ縦軸を使って⾔うほうがよりわかりやすい。3 あなたは私の下にいて、私は神の下にいるということである。4「昇天」の過程において、私はあなたより⾼いところにいる、なぜなら私がいなければ神と⼈との間の隔たりがあまりにも⼤きくなってしまい、あなたにはのり越えられなくなるからである。5 私が⼀⽅ではあなたの兄として、その⼀⽅では神の⼦として、その隔たりにいわば橋をかけることになる。6 きょうだいたちを深く愛しているからこそ、私は御⼦としての⾝分をもつ者の担当者になったのであり、またその⾝分を共にするのでそれを完全なものとするために尽くすのである。7 それは「私と⽗とは⼀つである」という⾔い⽅とは⽭盾するように思えるかもしれないが、御⽗はより偉⼤なお⽅であると認めるのでこの⾔い⽅には⼆つの部分があるといっておく。

5 私が啓⽰を間接的に起こさせるのである、というのも私は聖霊と親しいし、きょうだいたちに啓⽰をうける⼼構えがあるかどうかについても敏感だからである。2 したがって、⾃分たちで引き下ろせる以上にもっともたらすことができる。3 聖霊は⾼いところから低いところへの意志の疎通を取りなすわけだが、それを神からあなたへの直通経路を啓⽰のために開いておくことによってする。4 啓⽰はお互いに与えあうものではない。5 それは神からあなたへと赴くもので、あなたから神へということはないのである。
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 27 Feb 2026 08:00:14 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の4段落と5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

4 「私によらずには、だれ⼀⼈、⽗のみもとにはいけない」と聖書にあるが、それは私があなたからすこしも離れていないし、どのようにも違ってはいないことを意味する、ただし時間においては違っているのだが、時間というものは実際には存在しないのである。2 この⾔い⽅は横軸よりもむしろ縦軸を使って⾔うほうがよりわかりやすい。3 あなたは私の下にいて、私は神の下にいるということである。4「昇天」の過程において、私はあなたより⾼いところにいる、なぜなら私がいなければ神と⼈との間の隔たりがあまりにも⼤きくなってしまい、あなたにはのり越えられなくなるからである。5 私が⼀⽅ではあなたの兄として、その⼀⽅では神の⼦として、その隔たりにいわば橋をかけることになる。6 きょうだいたちを深く愛しているからこそ、私は御⼦としての⾝分をもつ者の担当者になったのであり、またその⾝分を共にするのでそれを完全なものとするために尽くすのである。7 それは「私と⽗とは⼀つである」という⾔い⽅とは⽭盾するように思えるかもしれないが、御⽗はより偉⼤なお⽅であると認めるのでこの⾔い⽅には⼆つの部分があるといっておく。

5 私が啓⽰を間接的に起こさせるのである、というのも私は聖霊と親しいし、きょうだいたちに啓⽰をうける⼼構えがあるかどうかについても敏感だからである。2 したがって、⾃分たちで引き下ろせる以上にもっともたらすことができる。3 聖霊は⾼いところから低いところへの意志の疎通を取りなすわけだが、それを神からあなたへの直通経路を啓⽰のために開いておくことによってする。4 啓⽰はお互いに与えあうものではない。5 それは神からあなたへと赴くもので、あなたから神へということはないのである。
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   <itunes:title>１１、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」4-5段落</itunes:title>
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   <title><![CDATA[１０、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」2-3段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の2段落と3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト
2 啓⽰はきわめて個⼈的なものであって、それをわかるように説明することはできない。2 だから、それをどのようにことばで描こうとしても不可能だ。3 啓⽰はただ経験するようにと仕向けるにすぎないのである。4 その⼀⽅、奇跡は⾏動するようにと仕向ける。5 奇跡が今ここでこそ役に⽴つというのも、⼈と⼈との関係において起こるという本質をもっているからである。6 学び始めたばかりのこの段階では、奇跡を⾏うことが⼤切である、なぜなら恐れから⾃由になることをあなたに押し付けるようにはできないのであるから。7 啓⽰は⽂字どおりことばでは表現しきれない、というのも啓⽰とはことばに表せない愛を経験することだからである。

3 畏敬の念は啓⽰のために取っておかれるべきであろう、啓⽰にはそれが全く正しく当てはまる。2 奇跡にたいしては、それはふさわしいとはいえない、なぜなら畏敬の念を抱く状態とは敬伲になることであって、下位のものがその御創造主の前にたつという意味を含むからである。3 あなたは完全に創造されているものであって、ただ完全なるものの御創造主の⾯前にいるときだけ畏敬の念を経験すべきである。4 したがって奇跡は同等である者どうしのあいだで愛のしるしとなる。5 畏敬の念は平等ではないという意味を含むので、同等の者どうしは、お互いに畏敬の念を抱くべきではない。6 したがって、それは私に対してはふさわしくない 反応である。7 兄が尊重されるに値するのはより深い経験があるからで、素直に聞きいれられるに値するのはよりすぐれた知恵をもっているからだといえる。8 また、きょうだいであるから愛されるに値し、もし献⾝的な深い愛で愛されているならそれを受けるに値する。9 ただ私が深く愛しているからこそ、あなたからも深く愛されるに値するのである。10 私の持ち合わせるものであなたが⼿に⼊れられないものは何もない。11 神から授からないものは何⼀つ持ってはいない。12 今のところ、あなたと私との違いは、私は他には何も持っていないということである。13 私がおかれた状態は、あなたにとってはただ⼀つの可能性だろう。
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   <link>https://stand.fm/episodes/698e88accec41016d34eb617</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 20 Feb 2026 08:00:16 GMT</pubDate>
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2 啓⽰はきわめて個⼈的なものであって、それをわかるように説明することはできない。2 だから、それをどのようにことばで描こうとしても不可能だ。3 啓⽰はただ経験するようにと仕向けるにすぎないのである。4 その⼀⽅、奇跡は⾏動するようにと仕向ける。5 奇跡が今ここでこそ役に⽴つというのも、⼈と⼈との関係において起こるという本質をもっているからである。6 学び始めたばかりのこの段階では、奇跡を⾏うことが⼤切である、なぜなら恐れから⾃由になることをあなたに押し付けるようにはできないのであるから。7 啓⽰は⽂字どおりことばでは表現しきれない、というのも啓⽰とはことばに表せない愛を経験することだからである。

3 畏敬の念は啓⽰のために取っておかれるべきであろう、啓⽰にはそれが全く正しく当てはまる。2 奇跡にたいしては、それはふさわしいとはいえない、なぜなら畏敬の念を抱く状態とは敬伲になることであって、下位のものがその御創造主の前にたつという意味を含むからである。3 あなたは完全に創造されているものであって、ただ完全なるものの御創造主の⾯前にいるときだけ畏敬の念を経験すべきである。4 したがって奇跡は同等である者どうしのあいだで愛のしるしとなる。5 畏敬の念は平等ではないという意味を含むので、同等の者どうしは、お互いに畏敬の念を抱くべきではない。6 したがって、それは私に対してはふさわしくない 反応である。7 兄が尊重されるに値するのはより深い経験があるからで、素直に聞きいれられるに値するのはよりすぐれた知恵をもっているからだといえる。8 また、きょうだいであるから愛されるに値し、もし献⾝的な深い愛で愛されているならそれを受けるに値する。9 ただ私が深く愛しているからこそ、あなたからも深く愛されるに値するのである。10 私の持ち合わせるものであなたが⼿に⼊れられないものは何もない。11 神から授からないものは何⼀つ持ってはいない。12 今のところ、あなたと私との違いは、私は他には何も持っていないということである。13 私がおかれた状態は、あなたにとってはただ⼀つの可能性だろう。
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   <title><![CDATA[９、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」-1段落]]></title>
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３、本日のテキスト

1 啓⽰は疑いと恐れを停⽌するように仕向けるが、その停⽌は完全とはいえ⼀時的なものにすぎない。2 啓⽰が反映するのは、神と神が創造なさったものとのあいだで最初からおこなわれていた意志の疎通のすがたであって、それに含まれているのは創造についてのきわめて個⼈的な意味合いであるが、それを⾁体関係においても求めようとされることがある。3 ⾁体的な親密さではそれに達することはできない。4 しかしながら、奇跡は純粋に⼈と⼈との関係において起こるので、結果としてほかの⼈たちと真の親密さというものを⽣じる。5 啓⽰はあなたを神と直に結びつける。6 奇跡はきょうだいと直に結び付ける。7 どちらも意識している状態から発するのではないが、両⽅ともそこで経験されるものである。8 意識することは⾏動するように仕向ける状態ではあるけれど、勇気づけてそうさせようとするのではない。9 ⾃分で選ぶものを信じることは⾃由であって、何をするかで何を信じるかを⽴証するのである。
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   <pubDate>Fri, 13 Feb 2026 10:20:45 GMT</pubDate>
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1 啓⽰は疑いと恐れを停⽌するように仕向けるが、その停⽌は完全とはいえ⼀時的なものにすぎない。2 啓⽰が反映するのは、神と神が創造なさったものとのあいだで最初からおこなわれていた意志の疎通のすがたであって、それに含まれているのは創造についてのきわめて個⼈的な意味合いであるが、それを⾁体関係においても求めようとされることがある。3 ⾁体的な親密さではそれに達することはできない。4 しかしながら、奇跡は純粋に⼈と⼈との関係において起こるので、結果としてほかの⼈たちと真の親密さというものを⽣じる。5 啓⽰はあなたを神と直に結びつける。6 奇跡はきょうだいと直に結び付ける。7 どちらも意識している状態から発するのではないが、両⽅ともそこで経験されるものである。8 意識することは⾏動するように仕向ける状態ではあるけれど、勇気づけてそうさせようとするのではない。9 ⾃分で選ぶものを信じることは⾃由であって、何をするかで何を信じるかを⽴証するのである。
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