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  <title><![CDATA[奇跡の道/テキスト解説]]></title>
  <description><![CDATA[A Course in Miracles （奇跡の道）を学習している方をサポートするための番組です。田中百合子さんの訳を使ってテキストを解説していきます。

解説：川上貢一（コオ）
公式ブログ：インナーメッセンジャー　https://lksitnr.exblog.jp/
使用テキスト：奇跡の道　https://amzn.to/4abVBo3]]></description>
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解説：川上貢一（コオ）
公式ブログ：インナーメッセンジャー　https://lksitnr.exblog.jp/
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   <title><![CDATA[１６、奇跡の道テキスト/1章-4節「暗闇からの逃避」1-4段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章4節の1-4段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

・公式ブログ「インナーメッセンジャー」
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３、本日のテキスト

1 暗闇から逃れるには⼆つの段階を必要とする ー 第⼀に、暗闇は隠すことはできないと認めること。2 普通これには恐れが必 然的にともなう。3 第⼆に、もしそれができるとしても、隠したいと思うものは何もないと認めること。4 このようにすれば恐れから逃れることができる。5 ⾃らすすんで何も隠さないようになれば、霊的交わりへと快く⼊るようになるのみならず、平安や喜びを理解するようにもなるだろう。

2 神聖なるものは決して実際に暗闇に隠されることはないが、それについて⾃分⾃⾝をだますことはできる。2 こうして欺こうとすると恐れをいだくのは、胸のなかでは確かにごまかしだと気づいているからであり、その実在性を確⽴しようとして途⽅もないほど努⼒をするのである。3 奇跡は実在をそれにふさわしいところへ据える。4 実在は霊にのみふさわしく、奇跡は真理だけを承認する。5 こうして⾃分⾃⾝についての錯覚をぬぐい去り、あなたを神との霊的交わりのうちにおくのである。6 奇跡は贖罪に加わるが、それは⼼を聖霊に仕えさせることによってする。7 こうすることが ⼼の適切な役⽬を確⽴し、そのうえ⼼の誤りを正すわけだが、その誤りとは単に愛が⽋如していることにすぎない。8 あなたの⼼は錯覚のとりことなり得るが、霊は永遠に⾃由である。9 もし⼼が愛 なしに知覚すれば、殻の中には何もないと知覚してしまい、その中にある霊には気づかない。10 しかし贖罪が霊をそれ相応のところへと戻す。11 霊に仕える⼼こそ不死⾝だといえるのである。

3 暗闇とは光が⽋如していることだが、それと同様に罪とは愛が⽋如していることである。2 暗闇⾃体にはそれだけにあるといえる特性など何もない。3 それは「⽋乏」を信じるという⼀例であり、この信念からはただ誤りが⽣じるだけである。4 真理はつねに満ちあふれている。5 あらゆるものを持っていると知覚し、承認する者たちは何をも必要としない。6 贖罪の⽬的はあらゆるものをあなたに戻すこと、もっと正確にいえば、あらゆるものをあなたが⾃覚できるようにすることだ。7 あなたは創造されたときに、だれもがそうであったように、あらゆるものを与えられたのである。

4 恐れのために⽣じた空しさを許しと取り替えなければならない。2「死はない」と聖書にあるのはそうした意味であり、死は存在しないと私が実証できたわけでもある。3 私が来たのも律法そのものを解釈し直して、それを完成するためである 4 そうした律法⾃体は、もし正しく理解されれば、ただ保護することを提案しているとわかる。5 これに「ゲへンナの⽕」という概念を持ち込んだのは、⾃分の⼼をまだ変えていない者たちだ。6 私は、だれであろうが私に証明させ、また許可してくれる範囲で、その⼈のために証明すると請け合う。7 証明するとは⾃分が信じることを実証するのであり、したがってそうした信念を強めることになる。8 私のために証明する者たちが奇跡によって現しているのは、⾃分は満たされているとわかってきたうえ、そうした状態は⾃分たちのものだということに同意して、恵まれていないと信じるのはやめたということである。

#奇跡の道
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   <link>https://stand.fm/episodes/69cb9d3d9180f94339378d93</link>
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   <pubDate>Fri, 03 Apr 2026 08:00:13 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章4節の1-4段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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1 暗闇から逃れるには⼆つの段階を必要とする ー 第⼀に、暗闇は隠すことはできないと認めること。2 普通これには恐れが必 然的にともなう。3 第⼆に、もしそれができるとしても、隠したいと思うものは何もないと認めること。4 このようにすれば恐れから逃れることができる。5 ⾃らすすんで何も隠さないようになれば、霊的交わりへと快く⼊るようになるのみならず、平安や喜びを理解するようにもなるだろう。

2 神聖なるものは決して実際に暗闇に隠されることはないが、それについて⾃分⾃⾝をだますことはできる。2 こうして欺こうとすると恐れをいだくのは、胸のなかでは確かにごまかしだと気づいているからであり、その実在性を確⽴しようとして途⽅もないほど努⼒をするのである。3 奇跡は実在をそれにふさわしいところへ据える。4 実在は霊にのみふさわしく、奇跡は真理だけを承認する。5 こうして⾃分⾃⾝についての錯覚をぬぐい去り、あなたを神との霊的交わりのうちにおくのである。6 奇跡は贖罪に加わるが、それは⼼を聖霊に仕えさせることによってする。7 こうすることが ⼼の適切な役⽬を確⽴し、そのうえ⼼の誤りを正すわけだが、その誤りとは単に愛が⽋如していることにすぎない。8 あなたの⼼は錯覚のとりことなり得るが、霊は永遠に⾃由である。9 もし⼼が愛 なしに知覚すれば、殻の中には何もないと知覚してしまい、その中にある霊には気づかない。10 しかし贖罪が霊をそれ相応のところへと戻す。11 霊に仕える⼼こそ不死⾝だといえるのである。

3 暗闇とは光が⽋如していることだが、それと同様に罪とは愛が⽋如していることである。2 暗闇⾃体にはそれだけにあるといえる特性など何もない。3 それは「⽋乏」を信じるという⼀例であり、この信念からはただ誤りが⽣じるだけである。4 真理はつねに満ちあふれている。5 あらゆるものを持っていると知覚し、承認する者たちは何をも必要としない。6 贖罪の⽬的はあらゆるものをあなたに戻すこと、もっと正確にいえば、あらゆるものをあなたが⾃覚できるようにすることだ。7 あなたは創造されたときに、だれもがそうであったように、あらゆるものを与えられたのである。

4 恐れのために⽣じた空しさを許しと取り替えなければならない。2「死はない」と聖書にあるのはそうした意味であり、死は存在しないと私が実証できたわけでもある。3 私が来たのも律法そのものを解釈し直して、それを完成するためである 4 そうした律法⾃体は、もし正しく理解されれば、ただ保護することを提案しているとわかる。5 これに「ゲへンナの⽕」という概念を持ち込んだのは、⾃分の⼼をまだ変えていない者たちだ。6 私は、だれであろうが私に証明させ、また許可してくれる範囲で、その⼈のために証明すると請け合う。7 証明するとは⾃分が信じることを実証するのであり、したがってそうした信念を強めることになる。8 私のために証明する者たちが奇跡によって現しているのは、⾃分は満たされているとわかってきたうえ、そうした状態は⾃分たちのものだということに同意して、恵まれていないと信じるのはやめたということである。

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   <title><![CDATA[１５、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」6-9段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の6-9段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

6 あなたは知覚するものに対して応じ、知覚することに沿うようにと振る舞う。2 ⻩⾦律は、だれかにしてほしいと思うことを、⾃分がまずその⼈に⾏うようにと求める。3これは両者の知覚が正確でなければならないということを意味する。4 ⻩⾦律はふさわしく振る舞うための規則といえる。5 正しく知覚しない限り、ふさわしく振る舞うことなどできない。6 あなたと隣⼈とは⼀つ家族の等しい⼀員どうしなのだから、⾃分と隣⼈とをそのように知覚するなら、それ相応に⽴ち居振る舞い、それ相応に接するだろう。7 ⾃分⾃⾝の神聖さをまず知覚し、それからほかの⼈たちの神聖さに⽬をむけるべきだといえる。

7 奇跡が起きるのは、それにたいする⼼構えのできた⼼からである。2 ⼀つに結ばれることによって、そうした⼼はだれのところにでも赴く、 たとえ奇跡をおこなう者⾃⾝はそれを⾃覚していないとしても。3 奇跡が個⼈差に関しない性質をもつのは贖罪というもの⾃体の性質がそうだからであり、これが創造されたものをみな御創造主と⼀つに結ぶのである。4 あなたの真のすがたが現れているとして、奇跡はそうした⼼を恩寵のもとにおく。5そのあと、その⼼は中におられる御主と外にいる、⾒知らぬ⼈とを歓迎するのは当然となる。6あなたがその⾒知らぬ⼈を招きよせたとき、その⼈は⾃分のきょうだいとなるのである。

8 あなたが気づかないうちに、奇跡がなんらかの影響をきょうだいたちに及ぼすことがあったとしても、それは⼼配しなくてもよいことである。 2 奇跡はあなたを必ず祝福する。3 あなたに為し遂げるようにと求められていない奇跡は、その価値を失ってなどいない。4 そうした奇跡もやはりあなた⾃⾝は恩寵のもとにあるとの現れである、しかし奇跡がどのように働くかは、私が全計画について完全に知っているので、私の管理にまかせるべきである。5 本来、個⼈差に関与しないとする奇跡を⾏う気があるとき、それはあなたの恩寵を確保するが、ただどこに授けられるか、それがわかる⽴場にいるのは私だけである。

9 奇跡は選択的であるといえるとすれば、それはただ⾃分のために使う者たちへと向けられる、という意味にとった場合だけである。2 その⼈たちは、ほかの者たちにもそれを差し伸べるようになることは必然的なので、贖罪のための強いつながりが融合される。3 しかしながら、この選択性は奇跡そのものの規模については無視する、なぜなら⼤きさについての概念というものが存在する段階は、それ⾃体実在的ではないからである。4 奇跡は実在についての⾃覚を回復させることを⽬指すのだから、もし奇跡そのものが、正すことを⽬指している誤りを左右する法則で縛られているとしたら、役に⽴たなくなってしまうだろう。

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   <link>https://stand.fm/episodes/69ba834a59596f02c4d2e7cf</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 27 Mar 2026 08:00:20 GMT</pubDate>
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6 あなたは知覚するものに対して応じ、知覚することに沿うようにと振る舞う。2 ⻩⾦律は、だれかにしてほしいと思うことを、⾃分がまずその⼈に⾏うようにと求める。3これは両者の知覚が正確でなければならないということを意味する。4 ⻩⾦律はふさわしく振る舞うための規則といえる。5 正しく知覚しない限り、ふさわしく振る舞うことなどできない。6 あなたと隣⼈とは⼀つ家族の等しい⼀員どうしなのだから、⾃分と隣⼈とをそのように知覚するなら、それ相応に⽴ち居振る舞い、それ相応に接するだろう。7 ⾃分⾃⾝の神聖さをまず知覚し、それからほかの⼈たちの神聖さに⽬をむけるべきだといえる。

7 奇跡が起きるのは、それにたいする⼼構えのできた⼼からである。2 ⼀つに結ばれることによって、そうした⼼はだれのところにでも赴く、 たとえ奇跡をおこなう者⾃⾝はそれを⾃覚していないとしても。3 奇跡が個⼈差に関しない性質をもつのは贖罪というもの⾃体の性質がそうだからであり、これが創造されたものをみな御創造主と⼀つに結ぶのである。4 あなたの真のすがたが現れているとして、奇跡はそうした⼼を恩寵のもとにおく。5そのあと、その⼼は中におられる御主と外にいる、⾒知らぬ⼈とを歓迎するのは当然となる。6あなたがその⾒知らぬ⼈を招きよせたとき、その⼈は⾃分のきょうだいとなるのである。

8 あなたが気づかないうちに、奇跡がなんらかの影響をきょうだいたちに及ぼすことがあったとしても、それは⼼配しなくてもよいことである。 2 奇跡はあなたを必ず祝福する。3 あなたに為し遂げるようにと求められていない奇跡は、その価値を失ってなどいない。4 そうした奇跡もやはりあなた⾃⾝は恩寵のもとにあるとの現れである、しかし奇跡がどのように働くかは、私が全計画について完全に知っているので、私の管理にまかせるべきである。5 本来、個⼈差に関与しないとする奇跡を⾏う気があるとき、それはあなたの恩寵を確保するが、ただどこに授けられるか、それがわかる⽴場にいるのは私だけである。

9 奇跡は選択的であるといえるとすれば、それはただ⾃分のために使う者たちへと向けられる、という意味にとった場合だけである。2 その⼈たちは、ほかの者たちにもそれを差し伸べるようになることは必然的なので、贖罪のための強いつながりが融合される。3 しかしながら、この選択性は奇跡そのものの規模については無視する、なぜなら⼤きさについての概念というものが存在する段階は、それ⾃体実在的ではないからである。4 奇跡は実在についての⾃覚を回復させることを⽬指すのだから、もし奇跡そのものが、正すことを⽬指している誤りを左右する法則で縛られているとしたら、役に⽴たなくなってしまうだろう。

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   <itunes:title>１５、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」6-9段落</itunes:title>
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  <item>
   <title><![CDATA[１４、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」3-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[＊本日ご紹介した祈りの言葉「今日私に求められる奇跡がなんであれ、私がそれを行えるように助けてください」この言葉で一日を始めるとあなたの役にたつかもしれません。

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３、本日のテキスト

３　許された者は贖罪のために手助けする者となる。２その人たちは霊に満たされているので、自分も許しをもって返すようになる。３解放された者はきょうだいを解放することにぜひ加わるべきである、これこそ贖罪の計画であるから。４奇跡は、聖霊に仕える心が私と一つに結ばれる方法であって、こうして共に神が創造なさったものすべてを救い、解放するために聖霊に仕えるのである。

　４　ただ私だけが差別することなく奇跡を成すことができる、なぜなら私が贖罪そのものだからである。２贖罪において、あなたは私が指図する役を受け持つことになる。３どの奇跡を成すべきかを私に聞くがよい。４こうすれば無駄な努力をしないですむ、それというのも、直に意志の疎通をしながら行動するようになるからだ。５個人差に関しないという奇跡の性質は欠くことのできない要素だ、私はそれをいかに応用するかを指導できるし、私の導きのもとに、奇跡はきわめて個人的に啓示を経験することにつながるのだから。６導く者は支配するのではないが確かに指導はするのであって、そのあとは従う者にまかせておく。７「私たちをこころみにあわせず」というのは「自分の誤りを認め、私の導きに従ってそうした誤りを捨て去ることを選ぶように」との意味である。

　５　誤りは真理を実際には脅かすことなどできず、真理はそうしたことに必ず耐えられる。２ただ誤っているものだけが、実のところ何かにつけて弱いといえる。３あなたは自由に自分の王国を思いどおりの所へ設けられるが、もし次のことを覚えておけば、正しく選択するのは必然的。

４霊は永遠に恩寵のもとにある。
５あなたの実在はただ霊であるのみ。
６従ってあなたは永遠に恩寵のもとにある。

７この観点にもとづいて、贖罪はすべての誤りを元通りにし、こうすることで恐れの源を根絶する。８神が安心させようとなさることを、あなたは脅威と感じるときには、必ず自分が誤って与えたか、誤ったものに対する忠誠心を守ろうとしているからだ。９あなたがこうしたことを誰かに投影するとき、その人を囚われの身とするが、それはただその人自身がすでに侵した誤りを強化する程度にだけである。10こうなっら、その人自身はさらに誰か他の人の歪みに対して弱くなるが、それは自分に対する知覚がすでに歪んでいるからだ。11奇跡を行う者はその人をただ祝福できるだけであって、こうすることがその人の歪みをもと通りにし、牢獄からも釈放することになる。

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   <link>https://stand.fm/episodes/69b0c51fe9aabf2d7203b667</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 20 Mar 2026 08:00:13 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>＊本日ご紹介した祈りの言葉「今日私に求められる奇跡がなんであれ、私がそれを行えるように助けてください」この言葉で一日を始めるとあなたの役にたつかもしれません。

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３、本日のテキスト

３　許された者は贖罪のために手助けする者となる。２その人たちは霊に満たされているので、自分も許しをもって返すようになる。３解放された者はきょうだいを解放することにぜひ加わるべきである、これこそ贖罪の計画であるから。４奇跡は、聖霊に仕える心が私と一つに結ばれる方法であって、こうして共に神が創造なさったものすべてを救い、解放するために聖霊に仕えるのである。

　４　ただ私だけが差別することなく奇跡を成すことができる、なぜなら私が贖罪そのものだからである。２贖罪において、あなたは私が指図する役を受け持つことになる。３どの奇跡を成すべきかを私に聞くがよい。４こうすれば無駄な努力をしないですむ、それというのも、直に意志の疎通をしながら行動するようになるからだ。５個人差に関しないという奇跡の性質は欠くことのできない要素だ、私はそれをいかに応用するかを指導できるし、私の導きのもとに、奇跡はきわめて個人的に啓示を経験することにつながるのだから。６導く者は支配するのではないが確かに指導はするのであって、そのあとは従う者にまかせておく。７「私たちをこころみにあわせず」というのは「自分の誤りを認め、私の導きに従ってそうした誤りを捨て去ることを選ぶように」との意味である。

　５　誤りは真理を実際には脅かすことなどできず、真理はそうしたことに必ず耐えられる。２ただ誤っているものだけが、実のところ何かにつけて弱いといえる。３あなたは自由に自分の王国を思いどおりの所へ設けられるが、もし次のことを覚えておけば、正しく選択するのは必然的。

４霊は永遠に恩寵のもとにある。
５あなたの実在はただ霊であるのみ。
６従ってあなたは永遠に恩寵のもとにある。

７この観点にもとづいて、贖罪はすべての誤りを元通りにし、こうすることで恐れの源を根絶する。８神が安心させようとなさることを、あなたは脅威と感じるときには、必ず自分が誤って与えたか、誤ったものに対する忠誠心を守ろうとしているからだ。９あなたがこうしたことを誰かに投影するとき、その人を囚われの身とするが、それはただその人自身がすでに侵した誤りを強化する程度にだけである。10こうなっら、その人自身はさらに誰か他の人の歪みに対して弱くなるが、それは自分に対する知覚がすでに歪んでいるからだ。11奇跡を行う者はその人をただ祝福できるだけであって、こうすることがその人の歪みをもと通りにし、牢獄からも釈放することになる。

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   <title><![CDATA[１３、奇跡の道テキスト/1章-3節「贖罪と奇跡」1-2段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の1から2段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

私は贖罪の過程を担当しているが、それを始めることをも引き受けたのである。2 あなたが私のきょうだいたちの誰かに奇跡を申し出るときは、⾃分⾃⾝と私にするということになる。3 あなたを私のまえに⾔った理由は、私⾃⾝の贖罪のためには奇跡を必要としないが、あなたが⼀時的に失敗したばあいに備えて後ろにいるからである。4 贖罪における私の役割は、あなたにはとても正すことができないような誤りをすべて取り消すことであるが、私がそうしなければ、⾃分では正すことはできないものとなる。5 ⾃分の本分に⽬覚めたとき、あなた⾃⾝も贖罪の⼀部になるのは当然である。6 あなた⾃⾝とほかの者たちの誤りを受け⼊れたくないという、私の思いをあなたも持っているのだから、あなたもそうした誤りを正す偉⼤な改⾰に加わらなければならないのであって、そのためには私の声を聞き、誤りをもと通りにすることを学び、正すことにつとめてほしい。7 奇跡を⾏う⼒はあなたのものである。8 私がそれを⾏う機会を⽤意するが、⾃分で覚悟をきめて進んで⾏わなければならない。9 ⾏うということがその能⼒に対して確信をもたらす、確信は成し遂げたことを通して得られるのだから。10 そうした能⼒は可能性であり、達成したことはその現れだといえる、そして神の⼦供達にとって本来の仕事である贖罪がその⽬標となる。

2 「天地はすぎ去る」とは、天と地が分かれた状態のままで続くのではないとの意味である。2 私の⾔葉は復活でありまた命そのものであって、命は永遠であるから私の⾔葉がすぎ去るということはない。３あなたが神のみわざであり、神のみわざは本当に愛らしく、かつ本当の愛に満つるものでもある。4 ⼈は⾃分の胸のなかで⾃分のことをこのように思うべきだ、これがその⼈の本来のすがたであるから。

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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 13 Mar 2026 08:00:15 GMT</pubDate>
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   <itunes:summary>奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章3節の1から2段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

私は贖罪の過程を担当しているが、それを始めることをも引き受けたのである。2 あなたが私のきょうだいたちの誰かに奇跡を申し出るときは、⾃分⾃⾝と私にするということになる。3 あなたを私のまえに⾔った理由は、私⾃⾝の贖罪のためには奇跡を必要としないが、あなたが⼀時的に失敗したばあいに備えて後ろにいるからである。4 贖罪における私の役割は、あなたにはとても正すことができないような誤りをすべて取り消すことであるが、私がそうしなければ、⾃分では正すことはできないものとなる。5 ⾃分の本分に⽬覚めたとき、あなた⾃⾝も贖罪の⼀部になるのは当然である。6 あなた⾃⾝とほかの者たちの誤りを受け⼊れたくないという、私の思いをあなたも持っているのだから、あなたもそうした誤りを正す偉⼤な改⾰に加わらなければならないのであって、そのためには私の声を聞き、誤りをもと通りにすることを学び、正すことにつとめてほしい。7 奇跡を⾏う⼒はあなたのものである。8 私がそれを⾏う機会を⽤意するが、⾃分で覚悟をきめて進んで⾏わなければならない。9 ⾏うということがその能⼒に対して確信をもたらす、確信は成し遂げたことを通して得られるのだから。10 そうした能⼒は可能性であり、達成したことはその現れだといえる、そして神の⼦供達にとって本来の仕事である贖罪がその⽬標となる。

2 「天地はすぎ去る」とは、天と地が分かれた状態のままで続くのではないとの意味である。2 私の⾔葉は復活でありまた命そのものであって、命は永遠であるから私の⾔葉がすぎ去るということはない。３あなたが神のみわざであり、神のみわざは本当に愛らしく、かつ本当の愛に満つるものでもある。4 ⼈は⾃分の胸のなかで⾃分のことをこのように思うべきだ、これがその⼈の本来のすがたであるから。

#奇跡の道
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   <title><![CDATA[１２、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」6段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の6段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

6 奇跡というものは時間の必要性を最も少なくする。2 経度とか経線のようないわば横の広がりにおいては、御⼦としての⾝分に属するものたちは平等であると認めようとすると、それにはほとんど限りがないほどの時間が必要になりそうだとさえ思える。3 しかしながら、奇跡は必然的に横に知覚することから縦に知覚することへと突然、移⾏する。4 こうしたことが時間の差というものをもたらすのであるが、それは与え⼿と受け⼿の両者が、こういうことがなかったとしたら、そこに留まっていたであろうといえる時点と、これがためにさらに進んだ時点に現れることになる、その時間の差をいうのである。5 かくして奇跡は時間を完全になくすという独特の性質を持っているといえるわけで、これは奇跡が及ぶそうした時間的隔たりを不必要にするところまで完全になくすということ。6 奇跡に要する時間とその奇跡そのものが包括する時間とはなんの関係もない。7 奇跡は学んで修得するには何千年かかるかもしれないようなことの代わりともなるのである。8基本となるものを認めることによって、そうした学びの代わりとなるのだが、それは与え⼿と受け⼿は完全に対等であると再認識するということであって、これに奇跡はもとづいている。 9 奇跡は時間をこわすことによってそれを縮め、そうすることでその中に含まれている時間の差を取り除く。10 しかしながら、奇跡はこれをより⼤きな時間的つながりのなかで成すのである。
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   <link>https://stand.fm/episodes/69951e5c917fb0f098daea0f</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 08:00:25 GMT</pubDate>
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３、本日のテキスト

6 奇跡というものは時間の必要性を最も少なくする。2 経度とか経線のようないわば横の広がりにおいては、御⼦としての⾝分に属するものたちは平等であると認めようとすると、それにはほとんど限りがないほどの時間が必要になりそうだとさえ思える。3 しかしながら、奇跡は必然的に横に知覚することから縦に知覚することへと突然、移⾏する。4 こうしたことが時間の差というものをもたらすのであるが、それは与え⼿と受け⼿の両者が、こういうことがなかったとしたら、そこに留まっていたであろうといえる時点と、これがためにさらに進んだ時点に現れることになる、その時間の差をいうのである。5 かくして奇跡は時間を完全になくすという独特の性質を持っているといえるわけで、これは奇跡が及ぶそうした時間的隔たりを不必要にするところまで完全になくすということ。6 奇跡に要する時間とその奇跡そのものが包括する時間とはなんの関係もない。7 奇跡は学んで修得するには何千年かかるかもしれないようなことの代わりともなるのである。8基本となるものを認めることによって、そうした学びの代わりとなるのだが、それは与え⼿と受け⼿は完全に対等であると再認識するということであって、これに奇跡はもとづいている。 9 奇跡は時間をこわすことによってそれを縮め、そうすることでその中に含まれている時間の差を取り除く。10 しかしながら、奇跡はこれをより⼤きな時間的つながりのなかで成すのである。
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   <title><![CDATA[１１、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」4-5段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の4段落と5段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

4 「私によらずには、だれ⼀⼈、⽗のみもとにはいけない」と聖書にあるが、それは私があなたからすこしも離れていないし、どのようにも違ってはいないことを意味する、ただし時間においては違っているのだが、時間というものは実際には存在しないのである。2 この⾔い⽅は横軸よりもむしろ縦軸を使って⾔うほうがよりわかりやすい。3 あなたは私の下にいて、私は神の下にいるということである。4「昇天」の過程において、私はあなたより⾼いところにいる、なぜなら私がいなければ神と⼈との間の隔たりがあまりにも⼤きくなってしまい、あなたにはのり越えられなくなるからである。5 私が⼀⽅ではあなたの兄として、その⼀⽅では神の⼦として、その隔たりにいわば橋をかけることになる。6 きょうだいたちを深く愛しているからこそ、私は御⼦としての⾝分をもつ者の担当者になったのであり、またその⾝分を共にするのでそれを完全なものとするために尽くすのである。7 それは「私と⽗とは⼀つである」という⾔い⽅とは⽭盾するように思えるかもしれないが、御⽗はより偉⼤なお⽅であると認めるのでこの⾔い⽅には⼆つの部分があるといっておく。

5 私が啓⽰を間接的に起こさせるのである、というのも私は聖霊と親しいし、きょうだいたちに啓⽰をうける⼼構えがあるかどうかについても敏感だからである。2 したがって、⾃分たちで引き下ろせる以上にもっともたらすことができる。3 聖霊は⾼いところから低いところへの意志の疎通を取りなすわけだが、それを神からあなたへの直通経路を啓⽰のために開いておくことによってする。4 啓⽰はお互いに与えあうものではない。5 それは神からあなたへと赴くもので、あなたから神へということはないのである。
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   <link>https://stand.fm/episodes/6993c55f0c9fcbda0fcf1b86</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 27 Feb 2026 08:00:14 GMT</pubDate>
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３、本日のテキスト

4 「私によらずには、だれ⼀⼈、⽗のみもとにはいけない」と聖書にあるが、それは私があなたからすこしも離れていないし、どのようにも違ってはいないことを意味する、ただし時間においては違っているのだが、時間というものは実際には存在しないのである。2 この⾔い⽅は横軸よりもむしろ縦軸を使って⾔うほうがよりわかりやすい。3 あなたは私の下にいて、私は神の下にいるということである。4「昇天」の過程において、私はあなたより⾼いところにいる、なぜなら私がいなければ神と⼈との間の隔たりがあまりにも⼤きくなってしまい、あなたにはのり越えられなくなるからである。5 私が⼀⽅ではあなたの兄として、その⼀⽅では神の⼦として、その隔たりにいわば橋をかけることになる。6 きょうだいたちを深く愛しているからこそ、私は御⼦としての⾝分をもつ者の担当者になったのであり、またその⾝分を共にするのでそれを完全なものとするために尽くすのである。7 それは「私と⽗とは⼀つである」という⾔い⽅とは⽭盾するように思えるかもしれないが、御⽗はより偉⼤なお⽅であると認めるのでこの⾔い⽅には⼆つの部分があるといっておく。

5 私が啓⽰を間接的に起こさせるのである、というのも私は聖霊と親しいし、きょうだいたちに啓⽰をうける⼼構えがあるかどうかについても敏感だからである。2 したがって、⾃分たちで引き下ろせる以上にもっともたらすことができる。3 聖霊は⾼いところから低いところへの意志の疎通を取りなすわけだが、それを神からあなたへの直通経路を啓⽰のために開いておくことによってする。4 啓⽰はお互いに与えあうものではない。5 それは神からあなたへと赴くもので、あなたから神へということはないのである。
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   <title><![CDATA[１０、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」2-3段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の2段落と3段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト
2 啓⽰はきわめて個⼈的なものであって、それをわかるように説明することはできない。2 だから、それをどのようにことばで描こうとしても不可能だ。3 啓⽰はただ経験するようにと仕向けるにすぎないのである。4 その⼀⽅、奇跡は⾏動するようにと仕向ける。5 奇跡が今ここでこそ役に⽴つというのも、⼈と⼈との関係において起こるという本質をもっているからである。6 学び始めたばかりのこの段階では、奇跡を⾏うことが⼤切である、なぜなら恐れから⾃由になることをあなたに押し付けるようにはできないのであるから。7 啓⽰は⽂字どおりことばでは表現しきれない、というのも啓⽰とはことばに表せない愛を経験することだからである。

3 畏敬の念は啓⽰のために取っておかれるべきであろう、啓⽰にはそれが全く正しく当てはまる。2 奇跡にたいしては、それはふさわしいとはいえない、なぜなら畏敬の念を抱く状態とは敬伲になることであって、下位のものがその御創造主の前にたつという意味を含むからである。3 あなたは完全に創造されているものであって、ただ完全なるものの御創造主の⾯前にいるときだけ畏敬の念を経験すべきである。4 したがって奇跡は同等である者どうしのあいだで愛のしるしとなる。5 畏敬の念は平等ではないという意味を含むので、同等の者どうしは、お互いに畏敬の念を抱くべきではない。6 したがって、それは私に対してはふさわしくない 反応である。7 兄が尊重されるに値するのはより深い経験があるからで、素直に聞きいれられるに値するのはよりすぐれた知恵をもっているからだといえる。8 また、きょうだいであるから愛されるに値し、もし献⾝的な深い愛で愛されているならそれを受けるに値する。9 ただ私が深く愛しているからこそ、あなたからも深く愛されるに値するのである。10 私の持ち合わせるものであなたが⼿に⼊れられないものは何もない。11 神から授からないものは何⼀つ持ってはいない。12 今のところ、あなたと私との違いは、私は他には何も持っていないということである。13 私がおかれた状態は、あなたにとってはただ⼀つの可能性だろう。
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   <link>https://stand.fm/episodes/698e88accec41016d34eb617</link>
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 20 Feb 2026 08:00:16 GMT</pubDate>
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３、本日のテキスト
2 啓⽰はきわめて個⼈的なものであって、それをわかるように説明することはできない。2 だから、それをどのようにことばで描こうとしても不可能だ。3 啓⽰はただ経験するようにと仕向けるにすぎないのである。4 その⼀⽅、奇跡は⾏動するようにと仕向ける。5 奇跡が今ここでこそ役に⽴つというのも、⼈と⼈との関係において起こるという本質をもっているからである。6 学び始めたばかりのこの段階では、奇跡を⾏うことが⼤切である、なぜなら恐れから⾃由になることをあなたに押し付けるようにはできないのであるから。7 啓⽰は⽂字どおりことばでは表現しきれない、というのも啓⽰とはことばに表せない愛を経験することだからである。

3 畏敬の念は啓⽰のために取っておかれるべきであろう、啓⽰にはそれが全く正しく当てはまる。2 奇跡にたいしては、それはふさわしいとはいえない、なぜなら畏敬の念を抱く状態とは敬伲になることであって、下位のものがその御創造主の前にたつという意味を含むからである。3 あなたは完全に創造されているものであって、ただ完全なるものの御創造主の⾯前にいるときだけ畏敬の念を経験すべきである。4 したがって奇跡は同等である者どうしのあいだで愛のしるしとなる。5 畏敬の念は平等ではないという意味を含むので、同等の者どうしは、お互いに畏敬の念を抱くべきではない。6 したがって、それは私に対してはふさわしくない 反応である。7 兄が尊重されるに値するのはより深い経験があるからで、素直に聞きいれられるに値するのはよりすぐれた知恵をもっているからだといえる。8 また、きょうだいであるから愛されるに値し、もし献⾝的な深い愛で愛されているならそれを受けるに値する。9 ただ私が深く愛しているからこそ、あなたからも深く愛されるに値するのである。10 私の持ち合わせるものであなたが⼿に⼊れられないものは何もない。11 神から授からないものは何⼀つ持ってはいない。12 今のところ、あなたと私との違いは、私は他には何も持っていないということである。13 私がおかれた状態は、あなたにとってはただ⼀つの可能性だろう。
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   <title><![CDATA[９、奇跡の道テキスト/1章-2節「啓⽰と時間と奇跡」-1段落]]></title>
   <description><![CDATA[奇跡の道（A Course in Miracles）の解説です。今日はテキスト第1章2節の1段落を解説してみました。みなさんのお役に立てたら嬉しいです。質問やコメントをお待ちしております。解説・川上貢一（コオ）

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３、本日のテキスト

1 啓⽰は疑いと恐れを停⽌するように仕向けるが、その停⽌は完全とはいえ⼀時的なものにすぎない。2 啓⽰が反映するのは、神と神が創造なさったものとのあいだで最初からおこなわれていた意志の疎通のすがたであって、それに含まれているのは創造についてのきわめて個⼈的な意味合いであるが、それを⾁体関係においても求めようとされることがある。3 ⾁体的な親密さではそれに達することはできない。4 しかしながら、奇跡は純粋に⼈と⼈との関係において起こるので、結果としてほかの⼈たちと真の親密さというものを⽣じる。5 啓⽰はあなたを神と直に結びつける。6 奇跡はきょうだいと直に結び付ける。7 どちらも意識している状態から発するのではないが、両⽅ともそこで経験されるものである。8 意識することは⾏動するように仕向ける状態ではあるけれど、勇気づけてそうさせようとするのではない。9 ⾃分で選ぶものを信じることは⾃由であって、何をするかで何を信じるかを⽴証するのである。
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   <dc:creator><![CDATA[コオ]]></dc:creator>
   <pubDate>Fri, 13 Feb 2026 10:20:45 GMT</pubDate>
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1 啓⽰は疑いと恐れを停⽌するように仕向けるが、その停⽌は完全とはいえ⼀時的なものにすぎない。2 啓⽰が反映するのは、神と神が創造なさったものとのあいだで最初からおこなわれていた意志の疎通のすがたであって、それに含まれているのは創造についてのきわめて個⼈的な意味合いであるが、それを⾁体関係においても求めようとされることがある。3 ⾁体的な親密さではそれに達することはできない。4 しかしながら、奇跡は純粋に⼈と⼈との関係において起こるので、結果としてほかの⼈たちと真の親密さというものを⽣じる。5 啓⽰はあなたを神と直に結びつける。6 奇跡はきょうだいと直に結び付ける。7 どちらも意識している状態から発するのではないが、両⽅ともそこで経験されるものである。8 意識することは⾏動するように仕向ける状態ではあるけれど、勇気づけてそうさせようとするのではない。9 ⾃分で選ぶものを信じることは⾃由であって、何をするかで何を信じるかを⽴証するのである。
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