<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" version="2.0" xmlns:itunes="http://www.itunes.com/dtds/podcast-1.0.dtd" xmlns:psc="http://podlove.org/simple-chapters" xmlns:podcast="https://podcastindex.org/namespace/1.0">
 <channel>
  <title><![CDATA[看板の無い古着屋]]></title>
  <description><![CDATA[静岡で「看板の無い古着屋」を営む店主が、
古着のこと、昔暮らした街のこと、仕事のこと、
音楽や本のこと、そしてどうでもいいようで忘れられない出来事を話す番組です。

1960年代の子どもの頃の記憶。
1980年代、東京で暮らしていた頃の話。
古着屋を始めるずっと前に出会った服や人や街。

記憶は、たぶん少し曖昧です。
でも、その曖昧なところも含めて、
その時代に自分が見ていた景色を話してみようと思います。

古着の話だけをする番組ではありません。
服から始まって、街、人、音楽、仕事、時代へ。
ときどき話は思いがけないところまで脱線します。

古着屋の店先で、店主の昔話を聞いているような気分で、
気楽にお付き合いください。

「看板の無い古着屋」
店主 nediruk
]]></description>
  <link>https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</link>
  <generator>stand.fm</generator>
  <lastBuildDate>Wed, 14 Oct 2026 10:08:06 GMT</lastBuildDate>
  <author><![CDATA[nediruk]]></author>
  <language><![CDATA[ja]]></language>
  <itunes:author>nediruk</itunes:author>
  <itunes:summary>静岡で「看板の無い古着屋」を営む店主が、
古着のこと、昔暮らした街のこと、仕事のこと、
音楽や本のこと、そしてどうでもいいようで忘れられない出来事を話す番組です。

1960年代の子どもの頃の記憶。
1980年代、東京で暮らしていた頃の話。
古着屋を始めるずっと前に出会った服や人や街。

記憶は、たぶん少し曖昧です。
でも、その曖昧なところも含めて、
その時代に自分が見ていた景色を話してみようと思います。

古着の話だけをする番組ではありません。
服から始まって、街、人、音楽、仕事、時代へ。
ときどき話は思いがけないところまで脱線します。

古着屋の店先で、店主の昔話を聞いているような気分で、
気楽にお付き合いください。

「看板の無い古着屋」
店主 nediruk
</itunes:summary>
  <itunes:owner>
   <itunes:name>nediruk</itunes:name>
   <itunes:email>kuribayashidenki@gmai.com</itunes:email>
  </itunes:owner>
  <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
  <itunes:category text="Society &amp; Culture">
   <itunes:category text="Personal Journals"/>
  </itunes:category>
  <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/watermarked/png/01M2B53BB7WKA34S25FGTSK0QD.png"/>
  <item>
   <title><![CDATA[#10 1977年、なぜかセックス・ピストルズ]]></title>
   <description><![CDATA[1977年、中学3年生。

セックス・ピストルズのアルバムを貸してくれたのは、成績優秀で、バレー部に所属し、生徒会の副会長も務めていた友人でした。

なぜ彼がそのアルバムを持っていたのか。なぜ私に貸してくれたのか。今となっては覚えていません。

ただ、1曲目の「Holidays in the Sun」を聴いたとき、目の前の景色が一変したような感覚だけは、はっきり残っています。

同じころに読んでいたのが、バージェスの『時計じかけのオレンジ』と、シリトーの『長距離走者の孤独』でした。

そして、理不尽に殴られたあと、体育の授業でわざと力を抜いた自分のことも覚えています。

音楽と小説。
そして、声を上げない反抗。

後になって知った商業的な仕掛けにも触れながら、今振り返ると隣り合って見えてくる、あのころの記憶について書きます。

#セックスピストルズ #パンクロック #読書 #中3 #15歳
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6ace4a3917fff95c928fe20c</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6ace4a3917fff95c928fe20c</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Wed, 14 Oct 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M4WX8N8WC92D9NMRA8WXB6M2.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1977年、中学3年生。

セックス・ピストルズのアルバムを貸してくれたのは、成績優秀で、バレー部に所属し、生徒会の副会長も務めていた友人でした。

なぜ彼がそのアルバムを持っていたのか。なぜ私に貸してくれたのか。今となっては覚えていません。

ただ、1曲目の「Holidays in the Sun」を聴いたとき、目の前の景色が一変したような感覚だけは、はっきり残っています。

同じころに読んでいたのが、バージェスの『時計じかけのオレンジ』と、シリトーの『長距離走者の孤独』でした。

そして、理不尽に殴られたあと、体育の授業でわざと力を抜いた自分のことも覚えています。

音楽と小説。
そして、声を上げない反抗。

後になって知った商業的な仕掛けにも触れながら、今振り返ると隣り合って見えてくる、あのころの記憶について書きます。

#セックスピストルズ #パンクロック #読書 #中3 #15歳
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:18:16</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M4TX3VJ6J9AEWM8FAFWV6HYF.jpg"/>
   <itunes:title>#10 1977年、なぜかセックス・ピストルズ</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#9 1976年、14歳の部屋]]></title>
   <description><![CDATA[1976年、中学2年。
和室だった自分の部屋が嫌で、襖にはポスター、天井にも映画のポスター、畳の上にはカーペット。

ルノワールの「イレーヌ嬢」、KISS、風、テイタム・オニール、アグネス・ラム。

本棚には佐藤さとる『だれも知らない小さな国』、村上勉さんの挿し絵、太宰治、芥川龍之介、ヘッセ、ツルゲーネフ、アンドレ・ジッド、サン＝テグジュペリ、ジュール・ヴェルヌ。

漫画はスポ根漫画、手塚治虫、水木しげる、つのだじろう、楳図かずお。少し後には鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』。

机の横にはギター。
ポール・マッカートニーの「Junk」を、弾けもしないのに何度も練習。

家電屋の息子だったので、中古のアンプ、スピーカー、レコードプレイヤー、カセットデッキを寄せ集めたステレオ。兄の自作真空管アンプまでありました。

レコードをカセットに録音するときは、針を落とす音が入らないように六角鉛筆でテープを巻く。

夜は笑福亭鶴光、あのねのね、タモリのオールナイトニッポン。
キャンディーズ、ピンク・レディーもいた時代。

ルノワールとKISSとピョン吉が、同じ部屋にいる。

今思い返すと、統一感なんてまるでない。
でも14歳の自分が好きだったものは、だいたいあの部屋の中にあった気がします。

今回は、そんな1976年、14歳の部屋の話です。

登場する人・作品
ルノワール「イレーヌ嬢」／テイタム・オニール／ライアン・オニール／『ペーパー・ムーン』／KISS／レッドツェッペリン／ディープパープル／風／ポール・マッカートニー「Junk」／佐藤さとる『だれも知らない小さな国』／挿し絵イラストレーター村上勉／太宰治／芥川龍之介／宮沢賢治／ヘルマン・ヘッセ／ツルゲーネフ／アンドレ・ジッド／サン＝テグジュペリ／ジュール・ヴェルヌ／『プレイボール』『キャプテン』手塚治虫『バンパイヤ』『どろろ』／水木しげる／つのだじろう／楳図かずお／鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』／『ど根性ガエル』／笑福亭鶴光／あのねのね／タモリ／キャンディーズ／ピンク・レディー

#看板の無い古着屋 #1976年 #昭和 #中学生 #オールナイトニッポン #KISS #ポールマッカートニー #コロボックル #古着屋店主
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6aca572c54f1e20970b12d85</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6aca572c54f1e20970b12d85</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Sun, 11 Oct 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M4K6A726WXG99DQT1MVVE1A7.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1976年、中学2年。
和室だった自分の部屋が嫌で、襖にはポスター、天井にも映画のポスター、畳の上にはカーペット。

ルノワールの「イレーヌ嬢」、KISS、風、テイタム・オニール、アグネス・ラム。

本棚には佐藤さとる『だれも知らない小さな国』、村上勉さんの挿し絵、太宰治、芥川龍之介、ヘッセ、ツルゲーネフ、アンドレ・ジッド、サン＝テグジュペリ、ジュール・ヴェルヌ。

漫画はスポ根漫画、手塚治虫、水木しげる、つのだじろう、楳図かずお。少し後には鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』。

机の横にはギター。
ポール・マッカートニーの「Junk」を、弾けもしないのに何度も練習。

家電屋の息子だったので、中古のアンプ、スピーカー、レコードプレイヤー、カセットデッキを寄せ集めたステレオ。兄の自作真空管アンプまでありました。

レコードをカセットに録音するときは、針を落とす音が入らないように六角鉛筆でテープを巻く。

夜は笑福亭鶴光、あのねのね、タモリのオールナイトニッポン。
キャンディーズ、ピンク・レディーもいた時代。

ルノワールとKISSとピョン吉が、同じ部屋にいる。

今思い返すと、統一感なんてまるでない。
でも14歳の自分が好きだったものは、だいたいあの部屋の中にあった気がします。

今回は、そんな1976年、14歳の部屋の話です。

登場する人・作品
ルノワール「イレーヌ嬢」／テイタム・オニール／ライアン・オニール／『ペーパー・ムーン』／KISS／レッドツェッペリン／ディープパープル／風／ポール・マッカートニー「Junk」／佐藤さとる『だれも知らない小さな国』／挿し絵イラストレーター村上勉／太宰治／芥川龍之介／宮沢賢治／ヘルマン・ヘッセ／ツルゲーネフ／アンドレ・ジッド／サン＝テグジュペリ／ジュール・ヴェルヌ／『プレイボール』『キャプテン』手塚治虫『バンパイヤ』『どろろ』／水木しげる／つのだじろう／楳図かずお／鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』／『ど根性ガエル』／笑福亭鶴光／あのねのね／タモリ／キャンディーズ／ピンク・レディー

#看板の無い古着屋 #1976年 #昭和 #中学生 #オールナイトニッポン #KISS #ポールマッカートニー #コロボックル #古着屋店主
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:26:48</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M4K6919WS6BXHWR2XZX57R1S.jpg"/>
   <itunes:title>#9 1976年、14歳の部屋</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#8 1976年、赤いスウィングトップ]]></title>
   <description><![CDATA[#8 1976年、赤いスウィングトップ

どうしても欲しくて買ったのに、一度も着て出かけなかった服。そんな一着、ありませんか？

1976年、清水の中学生だった私は、『理由なき反抗』のジェームス・ディーンに憧れ、ひとりでジーンズショップへ。

目当ての赤いスウィングトップは、XLしかありませんでした。大きいとわかっていたのに、店員さんに勧められて買ってしまい……。

『スクリーン』『ロードショー』のポスターを貼った部屋。テレビの洋画に夢中だった少年が、服を売る店主になって、今思うこと。

着られなかった服にも、あの頃の自分が残っています。

あなたの「憧れて買った一着」も、よかったらコメントで教えてください。

Instagram｜店の服と手仕事
https://www.instagram.com/nediruk/

#映画 #ジェームスディーン #青春 #理由なき反抗 #はじめてのジーンズショップ #中2のころ #14歳
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6ac507a6a6d8021a33dc5965</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6ac507a6a6d8021a33dc5965</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Wed, 07 Oct 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M48TCMJHFJJB6THH6FC7CBSP.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>#8 1976年、赤いスウィングトップ

どうしても欲しくて買ったのに、一度も着て出かけなかった服。そんな一着、ありませんか？

1976年、清水の中学生だった私は、『理由なき反抗』のジェームス・ディーンに憧れ、ひとりでジーンズショップへ。

目当ての赤いスウィングトップは、XLしかありませんでした。大きいとわかっていたのに、店員さんに勧められて買ってしまい……。

『スクリーン』『ロードショー』のポスターを貼った部屋。テレビの洋画に夢中だった少年が、服を売る店主になって、今思うこと。

着られなかった服にも、あの頃の自分が残っています。

あなたの「憧れて買った一着」も、よかったらコメントで教えてください。

Instagram｜店の服と手仕事
https://www.instagram.com/nediruk/

#映画 #ジェームスディーン #青春 #理由なき反抗 #はじめてのジーンズショップ #中2のころ #14歳
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:18:36</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M48TBRT4ZYBKY2889SGDX213.jpg"/>
   <itunes:title>#8 1976年、赤いスウィングトップ</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#7 1996年、我孫子洋品店　はじめての接客]]></title>
   <description><![CDATA[1996年12月、千葉県我孫子市に「我孫子洋品店」を開店。アメリカで古着を買い付け、店を整え、ホームページも作った。けれど、お客さんが来ない。

待つのはつらい。ところが、来てくれても、今度は何を話せばいいのかわからない。打ち解けておしゃべりが弾んでも、服が売れるとは限らない……。

店を開けたその日から「店主」にはなれても、接客は手探りでした。

そんな自分が、今では初めてのお客さんに「久しぶりですねー」と声をかけている。

はじめての商売で戸惑った日々と、今のお客さんとの距離。古着屋のカウンターの内側から、お話しします。

Instagram｜店内・服・手仕事
https://www.instagram.com/nediruk/

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6ac12385b31492ae69d536a1</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6ac12385b31492ae69d536a1</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Sun, 04 Oct 2026 01:15:02 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M417745A69XD2ZZV1GYJBC9E.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1996年12月、千葉県我孫子市に「我孫子洋品店」を開店。アメリカで古着を買い付け、店を整え、ホームページも作った。けれど、お客さんが来ない。

待つのはつらい。ところが、来てくれても、今度は何を話せばいいのかわからない。打ち解けておしゃべりが弾んでも、服が売れるとは限らない……。

店を開けたその日から「店主」にはなれても、接客は手探りでした。

そんな自分が、今では初めてのお客さんに「久しぶりですねー」と声をかけている。

はじめての商売で戸惑った日々と、今のお客さんとの距離。古着屋のカウンターの内側から、お話しします。

Instagram｜店内・服・手仕事
https://www.instagram.com/nediruk/

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:24:02</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M4175GAHG9ASEY7TBE60XA1D.jpg"/>
   <itunes:title>#7 1996年、我孫子洋品店　はじめての接客</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#6 1996年12月、エル・パソ　テキサス]]></title>
   <description><![CDATA[1996年12月。
我孫子洋品店を開ける、ほんの3週間ほど前。

初めてのアメリカ買い付けで向かったのは、テキサス州ヒューストンでした。

ところが、現地では歓迎されすぎて、肝心の買い付けがなかなか進まない。

そんな中、どうしても行ってみたかった街がありました。

エル・パソ。

理由は、古着でも軍物でもありません。

大好きだったスティーブ・マックイーンの映画『ゲッタウェイ』です。

その映画に出てきた街を、この目で見てみたい。

そんな気持ちで向かったエル・パソで、小さなサープラスショップと女性店主キムさんに出会います。

そこで見つけたのは、M-51、フライトジャケット、ヴィンテージ501、通称ミッキーマウスブーツ、空軍のスーツケースなどなど…。

そして初めて、「自分の目で選び、自分で買い付ける」感覚を知りました。

その約3週間後。

エル・パソで買った服や軍物を並べて、我孫子洋品店を開店します。

商売の計画より先にあったのは、映画と偶然と、ただ「行ってみたい」という気持ち。

今回は、そんな古着屋の始まりの話です。

※補足
収録では「空軍基地の近く」と話していますが、後から調べたところ、当時そこはすでに旧ビッグス空軍基地ではなく、ビッグス陸軍飛行場になっていました。1996年当時の僕は、その違いを知らずに「空軍基地」だと思っていたようです。

#古着屋
#アメリカ買い付け
#エルパソ
#スティーブマックイーン
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6abbd3a2360ecf1576be20e5</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6abbd3a2360ecf1576be20e5</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Wed, 30 Sep 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M3PVVK3J8ZEK9ZATF0B9DREG.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1996年12月。
我孫子洋品店を開ける、ほんの3週間ほど前。

初めてのアメリカ買い付けで向かったのは、テキサス州ヒューストンでした。

ところが、現地では歓迎されすぎて、肝心の買い付けがなかなか進まない。

そんな中、どうしても行ってみたかった街がありました。

エル・パソ。

理由は、古着でも軍物でもありません。

大好きだったスティーブ・マックイーンの映画『ゲッタウェイ』です。

その映画に出てきた街を、この目で見てみたい。

そんな気持ちで向かったエル・パソで、小さなサープラスショップと女性店主キムさんに出会います。

そこで見つけたのは、M-51、フライトジャケット、ヴィンテージ501、通称ミッキーマウスブーツ、空軍のスーツケースなどなど…。

そして初めて、「自分の目で選び、自分で買い付ける」感覚を知りました。

その約3週間後。

エル・パソで買った服や軍物を並べて、我孫子洋品店を開店します。

商売の計画より先にあったのは、映画と偶然と、ただ「行ってみたい」という気持ち。

今回は、そんな古着屋の始まりの話です。

※補足
収録では「空軍基地の近く」と話していますが、後から調べたところ、当時そこはすでに旧ビッグス空軍基地ではなく、ビッグス陸軍飛行場になっていました。1996年当時の僕は、その違いを知らずに「空軍基地」だと思っていたようです。

#古着屋
#アメリカ買い付け
#エルパソ
#スティーブマックイーン
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:17:38</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M3PVTFT1S5GDW6A4BCZZ045X.jpg"/>
   <itunes:title>#6 1996年12月、エル・パソ　テキサス</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#5 作らずにはいられない]]></title>
   <description><![CDATA[#5 作らずにはいられない

古着屋なのに、毛糸を編む。
破れた服を直しているうちに、さらに手を加える。
刺し子をして、刺繍をして、ほどいて、つないで、また作る。

一本の糸が面になり、やがて着るものになっていく編み物の面白さ。
不規則な刺し子のステッチや、少し歪んだ刺繍、手で直した跡に感じる魅力。

誰かの真似をしているつもりでも、
気がつけばいつの間にか我流になっている。

これはもう、癖というより「ヘキ」なのかもしれません。

最近始まったように見えるこの手仕事も、振り返れば1996年に古着屋を始めた頃から、手描きTシャツ、シルクスクリーン、染色、解体、リメイクと、ずっと続いていました。

では、なぜ最初から作っていたのか。

演劇、印刷、CG、北海道への一人旅。
その話は、また少しずつ。

今回は、古着屋の店内で今日も何かを作っている理由を、今の自分から眺めてみました。

Instagram
https://www.instagram.com/nediruk/ 

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6ab7e6eb9b204ecc77b964db</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6ab7e6eb9b204ecc77b964db</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Sun, 27 Sep 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M3F5X6Z5XX7D9JKGZ13NR9TY.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>#5 作らずにはいられない

古着屋なのに、毛糸を編む。
破れた服を直しているうちに、さらに手を加える。
刺し子をして、刺繍をして、ほどいて、つないで、また作る。

一本の糸が面になり、やがて着るものになっていく編み物の面白さ。
不規則な刺し子のステッチや、少し歪んだ刺繍、手で直した跡に感じる魅力。

誰かの真似をしているつもりでも、
気がつけばいつの間にか我流になっている。

これはもう、癖というより「ヘキ」なのかもしれません。

最近始まったように見えるこの手仕事も、振り返れば1996年に古着屋を始めた頃から、手描きTシャツ、シルクスクリーン、染色、解体、リメイクと、ずっと続いていました。

では、なぜ最初から作っていたのか。

演劇、印刷、CG、北海道への一人旅。
その話は、また少しずつ。

今回は、古着屋の店内で今日も何かを作っている理由を、今の自分から眺めてみました。

Instagram
https://www.instagram.com/nediruk/ 

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:24:21</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M3F5W27NCGKFCSKBYGC39EFH.jpg"/>
   <itunes:title>#5 作らずにはいられない</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#4 看板のない古着屋]]></title>
   <description><![CDATA[父が営んでいた、ナショナルショップ「栗林電器」。

2002年に父が亡くなり、翌年から家電店の内装を残したまま、月に一度ほど古着を並べ始めました。

2004年には「我孫子洋品店」を移転。外には電器店の看板を掲げたまま、仮の店名を「栗林デンキ」として、古着屋を続けました。

2010年、自ら店内を改装。
そして2024年、ついに「栗林電器」の看板を撤去しました。

新しい看板は、あえて付けませんでした。

最初から看板のない店を目指していたわけではありません。父の電器店の看板がなくなるまでに、20年以上の時間がかかったのです。

父の店として過ごした時間の上に、古着屋としての時間を重ねてきた建物。そう考えると、この店自体もまた、ひとつのヴィンテージなのかもしれません。

接客、内装、外装、商品、看板、広告。
それらすべてを含めて、店は店主の作品です。そして、その作品に完成はありません。

今回は、「看板の無い古着屋」ができるまでの物語です。

1975年から古着屋へと変わっていく店の写真は、Instagramトップのピン留め投稿でご覧いただけます。
https://www.instagram.com/nediruk/

#古着屋
#ヴィンテージ
#看板の無い古着屋 #我孫子洋品店

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6ab295efd7ead5b28280a32f</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6ab295efd7ead5b28280a32f</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Wed, 23 Sep 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M36S40Z4Z52V52W0ARSB4FW7.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>父が営んでいた、ナショナルショップ「栗林電器」。

2002年に父が亡くなり、翌年から家電店の内装を残したまま、月に一度ほど古着を並べ始めました。

2004年には「我孫子洋品店」を移転。外には電器店の看板を掲げたまま、仮の店名を「栗林デンキ」として、古着屋を続けました。

2010年、自ら店内を改装。
そして2024年、ついに「栗林電器」の看板を撤去しました。

新しい看板は、あえて付けませんでした。

最初から看板のない店を目指していたわけではありません。父の電器店の看板がなくなるまでに、20年以上の時間がかかったのです。

父の店として過ごした時間の上に、古着屋としての時間を重ねてきた建物。そう考えると、この店自体もまた、ひとつのヴィンテージなのかもしれません。

接客、内装、外装、商品、看板、広告。
それらすべてを含めて、店は店主の作品です。そして、その作品に完成はありません。

今回は、「看板の無い古着屋」ができるまでの物語です。

1975年から古着屋へと変わっていく店の写真は、Instagramトップのピン留め投稿でご覧いただけます。
https://www.instagram.com/nediruk/

#古着屋
#ヴィンテージ
#看板の無い古着屋 #我孫子洋品店

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:12:52</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M36S3F6HAG9QW4ECMV27ATSE.jpg"/>
   <itunes:title>#4 看板のない古着屋</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#3 1982年、吉祥寺で働いた]]></title>
   <description><![CDATA[1982年、二浪目。

受験にまた失敗した僕は、求人情報誌を見て、吉祥寺駅前の牛丼屋で深夜バイトを始めました。

夜10時から朝6時、あるいは深夜0時から朝8時。

やる気のない店長。
大学を中退して社員になり、学生バイトから「お父さん」と呼ばれていた人。
やたら威張る先輩。
今思えばティモシー・シャラメみたいだった、美少年の後輩。

深夜には、酔っぱらったミュージシャン同士のケンカや、朝帰りらしい人たちもやって来る。

そんな少し奇妙な夜の牛丼屋で、毎朝6時45分きっかりに現れる、七三分けのサラリーマンがいました。

注文はいつも、

「ライス、たまご」

その人の姿がガラス越しに見えた瞬間、クセの強いバイト仲間たちが、なぜか見事なチームになる。

そして仕事が終わると、僕は予備校ではなく井の頭公園へ。

みんなの一日が始まる朝に、二浪中の自分だけは、まだどこにも所属していないような時間を歩いていました。

1982年。
深夜の牛丼屋から見た吉祥寺と、二十歳の頃の話。
#吉祥寺 #1982年 #昭和の記憶 #深夜バイト#古着屋 #
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6aaeab1bda7185f4df74d74e</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6aaeab1bda7185f4df74d74e</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Sun, 20 Sep 2026 01:15:02 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M2X8V2SA50K9B5AMC9M4QC0J.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1982年、二浪目。

受験にまた失敗した僕は、求人情報誌を見て、吉祥寺駅前の牛丼屋で深夜バイトを始めました。

夜10時から朝6時、あるいは深夜0時から朝8時。

やる気のない店長。
大学を中退して社員になり、学生バイトから「お父さん」と呼ばれていた人。
やたら威張る先輩。
今思えばティモシー・シャラメみたいだった、美少年の後輩。

深夜には、酔っぱらったミュージシャン同士のケンカや、朝帰りらしい人たちもやって来る。

そんな少し奇妙な夜の牛丼屋で、毎朝6時45分きっかりに現れる、七三分けのサラリーマンがいました。

注文はいつも、

「ライス、たまご」

その人の姿がガラス越しに見えた瞬間、クセの強いバイト仲間たちが、なぜか見事なチームになる。

そして仕事が終わると、僕は予備校ではなく井の頭公園へ。

みんなの一日が始まる朝に、二浪中の自分だけは、まだどこにも所属していないような時間を歩いていました。

1982年。
深夜の牛丼屋から見た吉祥寺と、二十歳の頃の話。
#吉祥寺 #1982年 #昭和の記憶 #深夜バイト#古着屋 #
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:31:45</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M2X8SGNE9WNN85R83TWNPS7M.jpg"/>
   <itunes:title>#3 1982年、吉祥寺で働いた</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#2 1981年、浪人生が歩きまわった高円寺]]></title>
   <description><![CDATA[1981年、19歳。
大学受験に失敗して、高円寺南の中央ゼミナールに通っていた浪人生の頃。

高円寺墓地の隣のモルタルアパートで暮らしながら、高円寺駅南口からパル、ライトオン、ナカイヤ、高円寺ルック、そして喫茶店「七つ森」へ。

瓦屋根に木の引き戸。
どこか大正や昭和初期の「カフェ」を思わせる七つ森で、今も忘れられないのが、コーヒーのお釣りでもらった赤い紐付きの5円玉です。

今回は、前回話した田中康夫『なんとなく、クリスタル』と渋谷・ファイヤ通りについての記憶違いも訂正します。

40年以上たっても残る街の記憶と、いつの間にか混ざってしまう記憶。

浪人生だった19歳の目線で、1981年の高円寺をもう一度歩きます。 #高円寺 #高円寺パル #ライトオン #ナカイヤ #七つ森 #1981年高円寺に古着屋は一軒も無かった
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6aa80dbbfe2c2eafbc4dee22</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6aa80dbbfe2c2eafbc4dee22</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Wed, 16 Sep 2026 06:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M2NA8QWP6Z6DMW4CZ7ZT964P.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1981年、19歳。
大学受験に失敗して、高円寺南の中央ゼミナールに通っていた浪人生の頃。

高円寺墓地の隣のモルタルアパートで暮らしながら、高円寺駅南口からパル、ライトオン、ナカイヤ、高円寺ルック、そして喫茶店「七つ森」へ。

瓦屋根に木の引き戸。
どこか大正や昭和初期の「カフェ」を思わせる七つ森で、今も忘れられないのが、コーヒーのお釣りでもらった赤い紐付きの5円玉です。

今回は、前回話した田中康夫『なんとなく、クリスタル』と渋谷・ファイヤ通りについての記憶違いも訂正します。

40年以上たっても残る街の記憶と、いつの間にか混ざってしまう記憶。

浪人生だった19歳の目線で、1981年の高円寺をもう一度歩きます。 #高円寺 #高円寺パル #ライトオン #ナカイヤ #七つ森 #1981年高円寺に古着屋は一軒も無かった
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:20:57</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/images/01M2B4KSS7MANSKYW4QQRQQZPW.jpg"/>
   <itunes:title>#2 1981年、浪人生が歩きまわった高円寺</itunes:title>
  </item>
  <item>
   <title><![CDATA[#1 最初に買った古着は、やたら重いウールコートでした]]></title>
   <description><![CDATA[1981年、19歳。

高円寺で暮らしていた浪人生が、渋谷のファイヤ通りにあった小さな店で出会ったのは、ずっしりと重いドイツ製のウールコートでした。

それまで「古着」を特別に意識していたわけでもないのに、なぜかその一着に惹かれ、買ってしまう。

今振り返れば、それが自分にとって最初のヴィンテージ体験だったのかもしれません。

田中康夫『なんとなく、クリスタル』を読み、東京の街そのものに興味を持っていた時代。
高円寺から渋谷へ出かけ、店を覗き、服を手に取る。

その一着との出会いは、やがて古着屋を営むことになる自分の、その後を知るはずもない小さな始まりでした。

そして40年以上が過ぎた現在、自分は古着屋をやっています。

あの異様に重かったコートは、いったい何だったのか。
なぜ、あの一着に惹かれたのか。

「古着屋になる前の古着屋店主」の記憶を、1981年まで遡って話します。

#はじめまして
#静岡の古着屋
#高円寺
#渋谷ファイア通り
#1981年
#なんとなくクリスタル


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46]]></description>
   <link>https://stand.fm/episodes/6aa56a88ebb9a71a2fcc2462</link>
   <guid isPermaLink="true">https://stand.fm/episodes/6aa56a88ebb9a71a2fcc2462</guid>
   <dc:creator><![CDATA[nediruk]]></dc:creator>
   <pubDate>Sun, 13 Sep 2026 01:15:01 GMT</pubDate>
   <enclosure url="https://cdncf.stand.fm/audios/01M2NAP4D8PCR1YR3721W2CN7Q.m4a" length="0" type="audio/x-m4a"/>
   <itunes:summary>1981年、19歳。

高円寺で暮らしていた浪人生が、渋谷のファイヤ通りにあった小さな店で出会ったのは、ずっしりと重いドイツ製のウールコートでした。

それまで「古着」を特別に意識していたわけでもないのに、なぜかその一着に惹かれ、買ってしまう。

今振り返れば、それが自分にとって最初のヴィンテージ体験だったのかもしれません。

田中康夫『なんとなく、クリスタル』を読み、東京の街そのものに興味を持っていた時代。
高円寺から渋谷へ出かけ、店を覗き、服を手に取る。

その一着との出会いは、やがて古着屋を営むことになる自分の、その後を知るはずもない小さな始まりでした。

そして40年以上が過ぎた現在、自分は古着屋をやっています。

あの異様に重かったコートは、いったい何だったのか。
なぜ、あの一着に惹かれたのか。

「古着屋になる前の古着屋店主」の記憶を、1981年まで遡って話します。

#はじめまして
#静岡の古着屋
#高円寺
#渋谷ファイア通り
#1981年
#なんとなくクリスタル


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6a9be4b90bbc2a81f57cac46</itunes:summary>
   <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
   <itunes:duration>00:10:21</itunes:duration>
   <itunes:image href="https://cdncf.stand.fm/cdn-cgi/image/fit=cover,width=1400,height=1400/coverImages/01M2B2G94S9A4Y4SCWY9S92G14.jpg"/>
   <itunes:title>#1 最初に買った古着は、やたら重いウールコートでした</itunes:title>
  </item>
 </channel>
</rss>