モテサクの学級委員通信「」
研究、っていうのは、すでにわかってることを整理して、わからないことを実験して分析して解釈して仮説の精度を高める、という思考の繰り返しのことです。
オリンピックで色んな競技を見ていると、全てのアスリートに共通しているのは、研究能力が非常に高いってことです。
自分の動きや相手の動き、ゲームの特性について、誰よりも研究してどうすれば勝てるか?という問題に誰よりも向き合っている人だとつくづく感じます。
つまり、才能じゃない、ってことだと改めて思いつつ、研究能力が異常に高い選手を指して畏敬の念を込めた言葉が、「才能」でもあるのかなと思います。
「才能」って、辞書で調べると、「ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力」で、あくまで素質と訓練を組み合わせて得られる成果を指しているので、「素質」のニュアンスが強くなると「諦め」に近づくけど、「訓練」のニュアンスもちゃんとあるってことを知っとくと物事の見え方が変わるかも?
「素質」は、「生まれつき持っていて、性格や能力などのもとになるもの」なので、足の速さは素質だけじゃない、研究に基づく訓練次第でちゃんと「才能」を形作れる、っていうのが本当のところなんでしょうね。
アスリートも様々な素質を生かして、結局最終的にどこで差を生み出して人より秀でているのか、って見ていると、間違いなく全員が、研究に基づく訓練の部分で、どこまで優れた才能を作り上げたか、ってことだなあと感じます。
で、この研究に基づく、ってところがめちゃくちゃ重要で、競技が成熟すればするほど、単に訓練の量を増やすだけでは勝てなくなり、研究の能力がいかに優れているかの比重が大きくなっていくのかなと。
いやー、オリンピックっていいね!
てことで、よかったら聞いてみてね。
【大事なお知らせ】
8/15日曜