朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに
吉野の里に 降れる白雪
(坂上是則)
あの朝の白さは、ただの雪ではなかった。
吉野の里に降り積もるその白は、
まるでこの世のすべての憂いや煩わしさを
静かに、静かに、覆い隠してくれるようであった。
私は立ち尽くした。
目を凝らせば、有明の月がまだ空に残っていた。
けれど、雪に照り返される光と混ざりあい、
それが月なのか雪なのか、わからなくなっていく。
いや、それでよかったのだ。
区別も、理屈も、意味も――
今の私には、もう要らなかった。
ただ、この白さの中に沈みたかった。
すべてを溶かし、包み込み、
ひとときでもよい、
この身をまっさらにしてくれるような、この白き世界に。
そう、あれは「忘れ」の光景。
誰に頼まれたでもなく、誰に語るでもなく、
自らを包み直すための、私だけの祈りの風景だった。
どうか、この白のなかに、
私の想いも、痛みも、
すべてが染みこんで、やがて見えなくなりますように――
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坂上是則、心より。