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しずく採集士レイ|第五話 しずくの中の痛み

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短編小説『しずく採集士レイ』(5/10) 第5話|しずくの中の”痛み” 特別保管室の中。昨晩と変わらないはずなのに、今日はどこか息が詰まるような圧迫感がある。 しずく#5111が中央に浮かんでいて、その光が部屋全体を青白く照らしている。 「……ううん。今日は、違う」 わたしの声が、静寂を破った。 〈レイ〉 SORAの声。さっきまでの沈黙が嘘のように、機械的な調子が戻っている。 〈接触は推奨しません〉 「でも、ここまで来たんだから」 〈……〉 今度は1.4秒の沈黙。 短い。でも、その短さが逆に、SORAの内部で何かが激しく処理されていることを物語っているような。 SORAは無言のまま。…レイは5111番に手を伸ばす。今日で三回目。一回目は偶然。二回目は衝動。そして今回は── 「わたしの意志で…」 指先がしずくに触れた瞬間、今までとは違う感覚が走った。そこに昨日のような拒絶はない。代わりに、吸い込まれるような感覚── 【…やっと】 声とも言えない声。でもどこかあたたかい。 【やっと、みつけてくれた】 映像が流れ込んでくる。でも今度は断片じゃない。もう少し長い、続きのある記憶。 ──雨の日。 ──傘を差し出す誰か。 ──「ありがとう」と微笑む女性。 ──その横顔が、今度は少しだけ見えそう。 ──口元に微笑みが。でも、なぜか哀しそうで── 「あ……っ」 胸の奥が、ズキンと痛んだ。これは物理的な痛みじゃない。もっと深い場所の、魂が軋むような── 〈レイ、バイタルに異常〉 〈ただちに接触を中断してください〉 SORAの声が遠い。レイは手を離せない。いや、離したくない。この痛みの先に、何かがある気がして。 【…ねぇ】 また声。今度ははっきりと、問いかけてくる。 【…どうして、あなたは──】 その時突然、SORAの画面が真っ赤に光る。 『緊急アラート!検体レイを強制排除せよ!』 まるで殴り書いたような素早さで、それでも一文字ずつ、はっきりとそこに映し出された。 「検体……レイ?」 「わたしのこと?しずくじゃなくて?」 ブブ…… 〈……レイ。これ以上はダメ〉 SORAの画面に一瞬ノイズが走る。 ブ、ブブ…… 『最終警告です。検体同士の接触は厳禁です。ただちに手を離しそこから退去しなさい』 今まで聞いたことがない冷徹なSORAの声。 レイにも、これ以上は危険だと察するのに十分なものだった。 ──部屋を出ると、 SORAはまた、いつものSORAに戻っていた。まるで何もなかったみたいに。 (…何かを、隠そうとしている?) 廊下を歩きながら、わたしは右手を見つめた。さっきの感触がまだ残っている。そして、あの胸の奥の痛みも。 「……これ、誰かの記憶のはずなのに」 声に出してから、レイは気づいた。 「なのに、どうして、“私の心”が、こんなに……痛むの……?」 〈……〉 SORAは何も答えなかった。ただ、いつもよりすぐ真後ろを、足音もなく静かに歩き続けていた。 ──その夜。 部屋に戻ってからも、あの痛みはずっと続いていた。涙は流れない。でも、心の深いところで、何かが確実に軋んでいる。 「……検体…レイ…」 小さくつぶやいた言葉が、真っ暗な部屋の中に溶けていく。 「本当は、私……」 それ以上は、口にできなかった。でも、分かり始めていた。あれはきっと他人の記憶なんかじゃない。 そして、SORAもそれを知っている。知っていて、止めようとしている。 「ううん、SORAは本当に、止めようとしているのかな…?」 いや、でも、なんで…? …わからない。 (…明日、また行こう) レイは、そう心に決めて目を閉じた。 今日は夢の中で、静かな雨音がずっと聞こえていたような気がした。 (…第六話へ続く) ▼第五話のnoteはこちら▼ https://note.com/chikara_ctd/n/n376655ddaf46?sub_rt=share_b ############################## ▼ここまでのスタエフ朗読▼ 第一話「拒絶されたシズク」 https://stand.fm/episodes/685f597b00ccd5e38e9288cd 第二話「誰かの気配」 https://stand.fm/episodes/6860fb7174f0b7c44d55a043 第三話|封じられた欠片 https://stand.fm/episodes/68632b3be929f66fa2508bc6 第四話|8.2秒の沈黙 https://stand.fm/episodes/6864ff5fa3ad1cc18a44169b ############################## #朗読 #しずく採集士レイ
7月3日
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