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#78 二度の社会的「死」から学び、好きを稼ぎにできる與良さんの人生物語1

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1. エリート街道20代から35歳で人生迷子 大学を卒業して、伊藤忠商事に入社。 25歳で外資系コンサル、アクセンチュアに転職。 29歳のとき、父親が経営するシステム開発会社(社員70名)に後継者候補として転職。 これだけ見ると、 ピカピカなキャリアに見えるでしょう。 僕も、成功の人生の道を歩んでいると 疑いもなく信じていました。 しかし、、、34歳のとき、 父親の会社で社員の退職対応や リーマンショックによる大幅売上減もあり、 過剰すぎる責任感を勝手に持ってしまい、 僕の力不足もあいまって、心を壊してしまいました。 そこからは、 薬に助けられながらの生活でした。 朝、会社に向かうバスの中では 「このバス、事故にあえばいいのに、、、」 そんなことを毎日思う日々。 そんな生活が1年ほど続いた35歳のある日・・・ 「銀座の交差点で叫んで走る」 というところまで追い込まれ、会社にいけなくなりました。 ・・・はい、 「社長の息子の役員が、会社に来なくなる事件」 を起こしたんです。 それから一度も会社に行かぬまま、会社を去ることになります。社員のみんなに挨拶もなしに...十字架を背負った気持ちになりました。そして、家から出られなくなりました。恥ずかしいし、情けない気持ちに押しつぶされるような毎日。父親にはものすごい迷惑をかけたと思います。 これが、1度目の社会的「死」でした。 2.2度目の社会的「死」。1円で会社を売却 35歳で父親の会社を辞め、無職・無収入になりました。 子供は1歳、まだ当分終わらない住宅ローン、、、人生、終わったと思いました。しかし、死ぬ勇気もない。家族のためにも、生きていかなければいけない。半年ほど時間が経ち、サラリーマンに戻りました。 前の会社で「人がすべて」とわかったので、組織開発コンサルタントとして転職しました。 2011年の震災を機に「ハタモク(働く目的)」という 学生と社会人が「何のために働くのか」を語り合う場を仲間と立ち上げたら、それが多くの人に共感され、活動は全国に広がるほどに。何度か新聞や雑誌にも取り上げられ、一度終わったと思った人生は、少しずつ良い方向に回復していきました。 2013年、この流れを事業にしたいと思い、「株式会社もくてき」を立ち上げました。「目的に向かって生きる・働く人と組織を増やす」というビジョンを掲げた会社です。 翌年の2014年には人を応援する「エール」というクラウドサービスを立ち上げ、投資家などから1億円近くを調達して上場を目指すことにチャレンジしました。 「多くの人に応援を届けたい」 そういった想いをカタチにしたかったんです。 ですが、サービスが思うようにいかず... 情報漏洩問題も起こして顧客はゼロに。 毎月500万近くの赤字が垂れ流れ、、、 3年間、それこそ寝ずに頑張りました。 心の限界も超えていましたが、 なんとか耐えて踏ん張っていました。 ・・・しかしある日、倒れました。 ・・・一度休んだら、心も折れました。 そして、またやってしまったんです。 今度は「社長がこなくなる事件」を。 心も体も限界を超え、 何もできなくなりました。 弁護士に力を借りながら 会社を手放すこととしました。 売却金額は1円。 やってきたことも、社員や仲間も、お金も、すべてなくなりました。命懸けでやってきたことが1円と記帳されただけ。 2016年、42歳。 これが2度目の社会的「死」でした。 いつもガマンばかりしていて、ストレスをためて いつも背中が痛くて、呼吸もできない日々でした。 家族には大変な苦労を掛けてしまいました。 このときには絶対に戻りたくない。そんな時代です。 3.生き直しで「半径3m」 x 「好き」の生き方に また、無職・無収入になりました。人生2度目。 「おれ、そんなに悪いことしたのかよ」 神様に、そう言うしかできませんでした。 「まじめに一生懸命に生きてきただけなのに。なんでこんな目にあわなきゃいけないの。つらすぎるよ。もう生きるの疲れたよ。」 自分を責め続けました。人生を、あきらめたくなりました。 しかし、あるとき、ふと、 「あ、僕の生き方は 何かが間違っていたのかもしれない」 と気づきはじめるように。そこから「生き直し」することに決めました。自分の人生を見つめ直していくと、いくつも気づきがありました。評価や実績など外側ばかりを求めた「他人軸」の生き方をしてきたこと。 売上・利益を気にして「べき・ねば」で動き、「好き」を大切にしてあげなかったこと。 自分や家族、身近な人を充分に大切にしてこなかったこと。 それでも家族は離れずに近くに居続けてくれたこと。 恥ずかしながら、そんなことがわかりました。そして、 「半径3メートルを大切にする」 「好きなことを、好きな人としかしない」 「家族をいちばん大切にする」 この3つを軸に、生き直すことを決意したのです。 ================= 「好き」から生まれたビジョンは 生きる・働くエネルギーになる ================= そこから人生は確実に変わり始めました。このとき、2017年、43歳からの再出発です。 4.「好き」で生きたら人生が変わった 「半径3メートル」✕「好き」という 自分軸な生き方に変えて、人生は大きく変わっていきます。 売上などの規模を目指すやり方は、僕には合わない。 自己理解が進み、さらには規模は小さくていいから ・「好き」を楽しんで生きるのが僕に合ってる!・「好き」の先に魂が震えるビジョンがある! そして ・夢やビジョンはバカデカくていい! こんなことがわかりました。今の僕のビジョンは 「地球がひとつの家族として 人もビジネスも 愛と感謝が流れている時代を創る」 恥ずかしげもなくそれを熱く語り、ビジネスもそこに結びつけています。 「好き」から生まれたエネルギーは、パワフルなことを確信しています。
2025年8月11日
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