楽しい文化史第9回、国風文化その①です
10世紀〜11世紀の、平安中期文化を、こう言います
源氏物語とか十二単とか、和の始まりみたいな扱いです
遣唐使の廃止で文化の渡来がなくなった、とか
でも、当時は宋の商船は日本に来ていて、
渡来品は「唐物」として珍重されていました
その船に乗って唐や、次の宋に渡って帰国した僧侶もいます
漢文も引き続き重要ですし、儀式や男日記は当然漢文ベース
ちなみに遣唐使は廃止されてません
派遣が延期になったまま立ち消えになった感じです
教科書にも「停止」とか「中止」と書かれていますよ
では国風文化ってどういうことかと言うと、
渡来文化を消化して、アレンジしていったというイメージでいいと思います
国をあげて最新の唐文化を持ち帰ろうという風潮ではなくなりました
典型なのが、かな文字の誕生です。
ひらがなもカタカナも漢字から作ったものです
十二単も、唐風の服装の変形で、名称などに名残があります
でもまあ、近代の西洋文化も同様で、外から文化を輸入して変化させるっていう文化形成の仕方が特徴なのかもしれませんね、島国だし
浄土教も国風文化です
単に時期がということじゃなくて
それまでの宗派とは違い、日本でできたからです
とはいえ、もともと仏教はインドから中国から渡来したもの
ただ、その中から来世の極楽浄土に特化させたのが浄土教です
源信の『往生要集』も、署名からしても「抜き出し」です
面白いエピソードがあって、
あの藤原道長が『往生要集』の写本を手に入れた
それを部下で三蹟の一人、藤原行成に写させます
本来ならもとの本を回収するところですが、
行成の書いた方がいいと言って、もとの本と交換したそうです
この行成には清少納言とも面白いエピソードがあります。
次回はそこから
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