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010-国風文化②清少納言&寄木造

楽しい文化史第10回、国風文化その②です 前回の宿題だった藤原行成と清少納言のエピソードですが、 百人一首に取られている彼女の歌 夜をこめて鳥のそら音にはかるとも よに逢坂の関はゆるさじ これに関するものです。 まずこの歌がそもそも清少納言から行成への歌です これは中国の戦国時代の政治家、孟嘗君の話をふまえています 人材集めで有名だった彼のもとには変な特技の者もおり、 ニワトリの鳴きマネが上手い者も採用した ある時、孟嘗君が敵国秦に招かれ、一転して殺されそうになった 部下を連れて夜中に脱走したが、 有名な函谷関という関所が朝まで開かない そこで、さっきの「ニワトリの鳴きマネが役にたったと さっきの歌の「鳥のそらね」とはこの話を使っていて、 ダマしても「逢坂の関」は許さないよ、会わないよ、という歌です (真剣な恋愛ではなく、そういう設定でのゲーム的なものです  詳細は『枕草子』139段あたりでご確認してね) 清少納言と行成の会話ですが、 貴族社会において漢文の教養が大事だったことが分かります 紫式部は「日本紀の局」と呼ばれていましたが、いやがっています。 かの土佐日記の冒頭にあるように、 男日記は漢文、女日記はかな、という「常識」があったようです おまけ。この時の往復で、清少納言の手元には3通の行成の手紙があり、 2通は中宮が、1通は中宮の弟の僧が平身低頭でもらって歓喜していたそう さすが三蹟というお話 さて美術の話ですが、この時代を代表するのは 宇治平等院鳳凰堂、10円玉の表(裏ではない) (発行年が描かれている方が裏) 藤原頼通の宇治の別荘を寺に改造したのです 1年で工事を終えてます。1052年の末法初年に間に合わせたかったのかな、と 本尊はもちろん阿弥陀如来です。仏師定朝の作。 寄木造という方法です。複数の部材を別々に作って合体する それ以前も手などを付け足すのはありましたが、 この時期、寄木造は中央で左右に分けるところまでやってます 大量生産と分業に向いているから、と言われます 定朝が完成したとされています 極楽往生は個人個人のニーズだし、浄土教は大流行ですから。 定朝様式と言われ、大流行します 阿弥陀如来の形、ポーズはもちろん手や衣紋などの位置関係もそっくりです どうも定型化されていたようです 次回は院政期文化です #日本史 #国風文化
4月19日
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