近所のママ友・ひろみさんと、「プレイセンターでの子どもの遊び」について話した時間のこと。
テーマは子どもの遊び方だったけれど、気づけば私は、ひろみさんがそこで見せていた“在り方”そのものに惹かれていたのかもしれない。
子ども主体の場づくり。
それは「子どもに任せる」というよりも、大人がどこまで設計し、どこから手放すのかという、静かなバランスの話だった。
私自身も、これまでの日本語教室やワークショップ、家庭での時間の中で、「大人が段取りをつくり、その中で子どもが選ぶ」という形をとってきた。
その安定さの中で感じていた心地よさと同時に、少しの疲れや違和感もあった。
プレイセンターで見た在り方は、その延長線の外側にあった。
大人は流れを作るのではなく、環境と安全だけを整え、あとは子どもの流れを観察して支える。
「子ども主体」とは放任ではなく、むしろ繊細な設計の上に成り立つものなのだと知った。
今の私は、その間にいる。
設計する側から、場を整え、流れに少しずつ追従していく側へ。
どちらが正しいというよりも、自分と家族、そして場にとって自然な形を探している途中なのだと思う。