「幸福とは〇〇だ」のラヂオを聴いてくださったある方から、こんなご質問をいただきました。 「禁欲についてもう少し詳しく聞きたい。性欲が強くて悩んでいる場合、その欲求に従うことでその時は快に向かうのですが、事後毎回不快な気持ちになります。寂しいというか虚しいというか。これを解消するにはどのように体と向き合えばいいのでしょうか。どれが自分の声かわからなくて」 すごく大切な問いだと感じました。今回はそのご質問を出発点に、欲と身体について少し丁寧に話しました。 「欲しい」と「心地よい」── どちらも広く言えば「快楽」と呼ばれるシステムの一部ですが、その内側にまったく違う2つの働きがあります。神経科学の研究でも、両者はそれぞれ別の脳の回路で動いていることがわかってきています。「欲しい」のほうはドーパミンが関係する駆動の回路(wanting)、「心地よい」のほうはオピオイドなどが関わる質感の回路(liking)。 事後に虚しさが残るのは、片方の回路だけが強く燃えて、もう片方が一緒に動いていない状態なのかもしれない。そして「自分の声がわからない」というのは、感受性が低いからではなくて、大きい声と小さい声を聞き分ける練習がまだ追いついていないだけ、ということなのかもしれません。 禁欲は、たぶん答えではない。欲を抑え込むのではなく、「心地よい」のほうの回路を、すこしずつ太くしていく。そうすると、「欲しい」だけが暴走することが、自然と減っていく。そして、「欲しい」を強く引き出してくる装置に満ちた現代社会のなかで、それは個人の弱さではなくて環境の側の問題でもある──そんな話をしました。 ▼ 今回のお話 ・「欲しい」と「心地よい」は、似ているようでまったく別のもの ・どちらも「快楽」と呼ばれるシステムの一部、と
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