自然な今
迷いとは
疑うものそして疑うもの
があることである
彼は
とどのつまり確固としたものをしらない者であるから
それが彼という正体である
彼は確固たる者ではない
その彼は自分のことを棚に上げて
何かを疑うのであるが
(たとえば自らが考案した
物とか悟りとはいったい何なのだろうかと)
答えをもたない疑う者が
自らのことを棚に上げて
作り上げた疑わしきものをみる
好奇心と憎しみを込めて
しかし
確固としたものがない疑う者自体が
疑わしく実在しない
疑う者が実在しないので
疑われるもの(問われるもの)も実在しない
何も愛され憎まれるものは実在しなかった
自らすらも
というのも
特別はなく
主(あるじ)はなく
神もいない
特別感である
主客の問題はない
私と神もない
物や神へと
客体に没するのでもなく
また
主客同一でもない(幻は合一ところで幻)
自然な今しか実在しない