もうひとつのウエペケレ(アイヌに伝わる民話のこと) 須藤三智穂
ずっと土との戦いだった
豊かだったアイヌモシリ(アイヌの大地)に
シサム(隣人=日本人)が土足でなだれこんだ日から
苦しみぬいた 四百年
略奪 強姦 詐欺 強制労働
それでも シャクシャインの戦いに敗れた時
―孫子一同、決してお上に逆らわないー
シャモ(隣人=日本人→少し侮蔑した言い方)に向かって約束したから
カムイ(神)に向かって誓ったから
耐えてきた
―北海道旧土人保護法―
同化なんて できない
ニッポン人になんて なれない
縄文の昔から馴染んできた
土地も 森も 海も奪われ
狩猟民族のわたしたちに
農業だけをやれという
シペ(主食)のユク(鹿)をとれば密猟
アキアジ(鮭)をとれば密漁
アイヌ語さえ禁じられて
コタン(村)はあっという間に崩壊し
アイヌ(人間)がアイヌと呼ばれることさえ
忌み嫌うようになった悲しみ
―わたしたちは北海道を
日本国へ売った覚えも貸した覚えもないー
ただ 先祖代々の土の上で
自分たちの暮らしを守りたかっただけだ
ずっと水との戦いだった
沙流川はいのちの奔流
シペ(主食)のアキアジ(鮭)が遡るペッ(川)
要るだけの魚を捕って
わたしたちは生きてきたのに
上流の山々が丸裸になってから
氾濫をくりかえすようになってしまった
そのうえ製紙工場の原料丸太を
いかだに乗せて流すという
川があふれるたびに
やっとつくりあげた田や畑へ
丸太が音をたてて乗り上げる
借金して 借金して
壊れた田んぼをなおしつづけたから
ダムの話を持ちかけられたとき
わずかなお金に心が崩れた
ダム王国 ニッポン
先祖の土地も苦労した田畑も
いま 二風谷ダムの底に沈んで 見えない
せめて 昔のように
自由にアキアジ(鮭)を捕ることができたなら
シシムリカ(沙流川のアイヌ語)に もうアキアジはのぼらない
わたしたちは
カムイ(神)のくれたモシリ(大地)の自然を
大切に使いたかっただけだ
ずっと見えないものと戦ってきた
血が混じることへの恐れ
単一民族国家のひびきに
シサム(日本人)は胸をなでおろす
―孫が交通事故に遭ったとき
みなさんに献血していただいて本当に助かりました
ただ一つ困ったことには
孫の体の中にアイヌの血が入ってしまったのですー
ひとがひとを隔てること
さらに弱い者を足蹴にして
癒されようとするこころが
侵されたわたしたちにまで
芽吹くことのありませんように
ネプアエルスイカ
ネプアコンルスイカ
ソモキノオカアン
わたしたちは これからも
ニッポンの片隅で
静かに祈り続けるだろう
アイヌネノアンアイヌ(人間らしい人間)の夢を
⭐️音楽 甘茶の音楽工房「水に沈むピアノ」
#アイヌ #萱野茂 #1973年アイヌの二風谷ダム。平取ダム #アイヌ民族資料館
⭐️二風谷ダムは今も使われていました。