突然ですが、山尾三省さんの「火を焚きなさい」を朗読したくなりました。
で、実は、収録を聴いてみたところ「自分が感じている世界が今ひとつ表現されてないなあ、ボツかな?」と最初は思ったのですが(相変わらずのカツゼツだし笑)
しかし。突然登場するニャンコの蓮ちゃん🐈
いい感じでニャっと合いの手入れてきたり、
最後のほうにはマイク前でノドを鳴らしてたらしく、ゴロゴロ音が大音量で録音されてたりで、蓮ちゃんBGMの個人的に嬉しい収録になったので、そのまま配信しちゃいました✨
朗読は、私にとっては、心動かす景色や生命に触れて写真を撮るのにも似てる。
観ているそのままを撮りたいのに、技術の問題か、写真には私が観てる光景がイメージどおりに写らない。
朗読も、心動いたその世界を音にしたいけど、聴いてみると私の感じてるものが表現しきれてないもどかしさ。
表現?というか、声ではない声を感じられるのか、とか?
とはいえ、これはどちらも完成はなく、果てもなく。
むしろその、もどかしさこそが愉しみでもあり。
いつか、もっと私の感じてるエネルギーに近づけて、この美しい詩を詠みたくなったら、そのときまた詠んでみよう。
💫
火を焚きなさい 山尾三省
山に夕闇がせまる
子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前達の心残りの遊びをやめて
大昔の心にかえり
火を焚きなさい
風呂場には 充分な薪が用意してある
よく乾いたもの 少しは湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に火を焚きなさい
少しくらい煙たくたって仕方ない
がまんして しっかり火を燃やしなさい
やがて調子が出てくると
ほら お前達の今の心のようなオレンジ色の炎が
いっしんに燃え立つだろう
そうしたら じっとその火を見詰めなさい
いつのまにか --
背後から 夜がお前をすっぽりつつんでいる
夜がすっぽりとお前をつつんだ時こそ
不思議の時
火が 永遠の物語を始める時なのだ
それは
眠る前に母さんが読んでくれた本の中の物語じゃなく
父さんの自慢話のようじゃなく
テレビで見れるものでもない
お前達自身が お前達自身の裸の眼と耳と心で聴く
お前達自身の 不思議の物語なのだよ
注意深く ていねいに
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つように
けれどもあまりぼうぼう燃えないように
静かな気持で 火を焚きなさい
人間は
火を焚く動物だった
だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
火を焚きなさい
人間の原初の火を焚きなさい
やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時
きっとお前達は 思い出すだろう
すっぽりと夜につつまれて
オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを
山に夕闇がせまる
子供達よ
もう夜が背中まできている
この日はもう充分に遊んだ
遊びをやめて お前達の火にとりかかりなさい
小屋には薪が充分に用意してある
火を焚きなさい
よく乾いたもの 少し湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に組み立て
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つようになったら
そのオレンジ色の炎の奥の
金色の神殿から聴こえてくる
お前達自身の 昔と今と未来の不思議の物語に 耳を傾けなさい
「びろう葉帽子の下で/山尾三省詩集」(1993年、野草社刊)より
2025年2月収録
#山尾三省 #火を焚きなさい