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他人のケンカはなぜ面白いのか——“本能”と“情報受け身社会”の危うい接点

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● ケンカを見るのは、なぜこんなに面白いのか? 誰かが怒っている。SNSで言い争っている。テレビで論破合戦をしている。 私たちはつい、その「対立」を見に行ってしまう。そして、時に「面白い」とさえ感じてしまう。 この反応は、決して特別な性格だから起こるのではない。ほとんどすべての人間が本能的に持っている性質だ。 ● 原始時代、対立は“命のやりとり”だった 人類がまだ数十人単位の小さな集団で生きていた時代。 集団内の対立やケンカは、食糧の分配や仲間の信頼、時には命の危機に直結していた。 だからこそ、他人の争いに注目し、「誰が味方か」「誰が信用できないか」を見極める能力は、生存に不可欠だった。 人間の脳は今でもその仕組みを色濃く残している。 つまり、ケンカや対立が「面白く」感じられるのは、私たちの進化的な生存本能の一部なのだ。 ● ところが、現代は“見てるだけ”で生きていけてしまう この特性が、現代の「情報受け身社会」と出会うと、状況は一変する。 いま私たちは、スマホひとつで、他人の対立・政治の分断・社会の怒りを毎日、何十件と“観察”することができる。 しかも自分が当事者になることなく、安全な距離からジャッジすることができる。 この環境で育つと、自分で体験して考えるよりも、「誰が悪いかを見て判断する」ことが情報の基本姿勢になる。 結果どうなるか? ● 「他責人間」の大量生産が始まる ・あの先生の教え方が悪い ・上司が理解してくれない ・政府がダメだ ・社会が悪い すべてを「外側の対立構造」として消費し、自分が主体として何を選ぶか、どう動くかという“体験の感覚”が育たなくなる。 本来、自分で地面を踏んで、手を動かして、誰かと話しながら得るべきものが、すべて“傍観者の情報処理”になってしまう。 これはまさに、「情報で育てられた本能が、行動力を腐らせる」という逆説的な進化の袋小路だ。 ● 必要なのは「体験」の再構築 この現象に対抗する唯一の方法は、体験の密度を取り戻すことだ。 ただしそれは、「教育的体験」や「レクリエーション」では足りない。 自分が決める 自分で失敗する 自分の体と感情で人とぶつかる 他人の痛みを“同じ空間”で感じる こういった、感覚と判断が一体化するような実体験がなければ、人は思考を自分の足で立ち上げることができない。 情報だけでは、人は育たない。 むしろ情報の洪水は、「自分以外が悪い」という誘惑に満ちている。 ● 本能を否定するのではなく、使い方を変える 対立に反応する本能は、間違っていない。 でも、その力を「観察」や「批判」に使うのではなく、“対話”や“選択”や“協働”に変換していく必要がある。 そのためには、小さな体験を積み重ねる社会的な設計が必要だ。 学校、家庭、地域、すべての現場が、「情報を見る場所」から「感じて動く場所」へと変わっていかなければならない。 “見ているだけ”では、自分は育たない。 “感じて動いたこと”が、あなたをつくる。 この感覚を、子どものうちに一度でも経験させられるかどうか。 そこに、未来の社会の健全性がかかっている。
2025年6月25日
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