私たちは、どんなに頑張っても、自分を救うことしかできない。
それはちっぽけなことのように見えて、
そんなのに何の意味があるんだろうとか、
そんなので社会が変わるわけがないとか、
自分一人が幸せになっても無意味だって思うかもしれない。
でも、あなた自粛が、とことんありのままの自分として生ききっているあり方、
とことん純粋無垢な自分自身として、自分が心震える生き方をしている姿ほど、
他者に影響を与えるものってないんですよね。
私はこれまで、
どんなに時間や言葉を尽くして、一生懸命理論を分かりやすくまとめたりとか、
みんなにとって伝わるように分かりやすいようにと講座を設計したりとかしても、
結局、相手に伝わるのは、
時間を尽くして頭を凝らして作り上げた内容の部分じゃないんですよね。
計算とか逆算とか、そういうの無しで、
ただただ丸裸の、純粋ピュアな情熱をストレートに届けた部分でしかなかったんですよね。
どんなに時間を掛けて、外側(他人や社会)の為に尽くしたことしても、
内側の、何も飾ってない、何も覆ってない、純粋ピュアな情熱のエネルギーには勝てないんですよね。
その純粋ピュアな情熱のエネルギーほど、人の心を揺さぶり、人の心にダイレクトに伝わり、人に影響を与えるものってないんですよね。
だから、たとえどんなに「この社会を変えたい」っていう想いや使命感を抱いていたとしても、
そういう外向きの動機で取り掛かったことはほぼ影響力を持たなくて、
結局、自分がどこまでありのままの純粋な情熱のエネルギーそのものでいられるか、
純度高い情熱そのままの自分で在れるかどうか、
それしか、本当の意味で人や社会を変える力なんて持たないんですよね。
そしてそれは、やっぱり人間が意図してできるもんじゃないんですよね。
『人や社会を変えたい』っていう外向きの動機でスタートした時点で、
そこには"意図"が入ってしまう。
となると、やっぱりズレてしまうんですよね。
"意図"が入り込んだ時点で、本当の意味で人や社会を変えることなんてできなくなるんですよね。
だから、シャンパンタワーの法則なんてよく言いますけど、
やっぱり全ての起点は自分でしかなくて。
自分がいかに、余計な下心とか意図とか計算とか無しに、とことんありのままに純粋に夢中になれるか。
それでしか、本当の意味で人や社会を変えることなんて出来ないんですよね。
だから結局、そこが1番難しいところでありつつ、
でも、それこそコーチ、カウンセラー、セラピスト、講師業など、
人の心や人生を扱うような活動をしている人ほど、
やっぱりそこは理解しておくべきところだと思っていて。
本当の意味で人や社会を変えたいと思うんだったら、
あなた自身が人生に対して夢中になれていること。
とことん最高と感じられる状態であることができていること。
それが、使命感を追いかけるよりもまず最初に大事なことだと思っています。
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