■使命感が燃え尽きる時
多くの人を救う、社会を変える、大きなことを成し遂げるみたいな、
使命感バチバチに燃えている状態って、
全部純粋な魂の使命感に見えて、実は、
・自分の力で成し遂げたい
・名を刻みたい
・認められたい
・自分の正しさを証明したい
・復讐を果たしたい
みたいな、
エゴの承認欲求とか自己顕示欲なんだよね。
その裏には、欠乏感や劣等感、怒りといった感情エネルギーが隠れていて、
そのエネルギーってエゴにとって凄まじい推進力になる。
だからこそ、それを使うと、結果として人や現実を大きく動かすことができる。
そもそも、物理世界を動かすには、ものすごいエネルギーが要るのよ。
そして、その巨大なエネルギーを生み出すのは、やっぱり巨大な感情エネルギーでしかなくて。
ものすごい劣等感や怒り、承認欲求や自己顕示欲といったエネルギーが強い人ほど、それらがものすごいパワーとなり、結果として現実を大きく動かす力を手にする。
でも、そのパワーの源はやっぱりエゴの強烈な感情だから、長続きしないんだよね。
ずっとそこで使命感を燃やしてられなくなる。
早かれ遅かれ、燃え上がった熱は冷めるんだ。
そして、いずれ気づくんだよ。
「この気持ち、本物じゃなかったんだな」って。
「別にそれをやりたかったわけじゃなかった」って。
で、本当の意味で拡大フェーズに入った時、
つまりマズローでいう自己超越の段階に入った時、
人を救いたいとか、社会を変えたいとか、そんなことは思わなくなる。
というか、変える必要なんてなかったのだと気づくようになる。
むしろ、その『変えるべき』と思っていた要素も、なんだかんだこの3次元ゲームには必要不可欠な要素でしか無かったんだと。
この3次元ゲームでは、能動的に変えるべきことは何一つなかったのだと悟ってしまう。
だから、そこまで来てようやく、
「自分は今まで、戦わなくていい敵と戦っていたんだな」
「この世界線からただ降りれば良いだけだった」
と気づけるようになる。
そこからなんだよね、本当のスタートは。
そこに来てようやく、
「じゃあ私はどう生きたいのか」に、
まっさらな状態で向き合えるようになる。
他者とか社会とか関係なしに、
「私はどうありたいのか、どう生きたいか」
に正面から向き合えるようになる。
ただ自分のことだけをまっすぐに考えることができる。
「自分のことだけを考える」って、
一見すると低次の話に見えて、
実はかなり高次で純粋ピュアで、
魂の望みにダイレクトに触れる姿勢なんだよ。
それは、"ただある"だけで勝手に周りに何かを与えてしまう生き方。
"意図して"何かをやろうとする『逆算』的な生き方ではない。
そもそも"プロセス"や"時差"というものが存在しなくなる。
ここまで来てようやく、魂が本当にやりたかった生き方へとシフトできるんだ。
もちろん、全ての人がここに到達するとは思わない。
今世は大きなことを成し遂げることをお役目として設定してきた人も多いだろう。
そういう人もほとんどかもしれない。
実際、そういう人の存在によって社会が進化・発展することも事実だろう。
でも、その大きな使命感の炎が燃え尽きた感覚がするのならば、
あなたは次のフェーズに進みたい側の人間だ。
であれば、
まずはあなた自身が、3次元の使命感ゲームを降りることだ。
何かを変えなきゃ、
何かを動かさなきゃ、
そういう、"否定"が前提の世界から身を引くことだ。
ただ純粋に、他者や社会の評価など関係なく、あなた自身がどう生きたいのかに正直になることだ。
そこに気づくことは難しいかもしれない。
頭ではゲームを降りたつもりでも、なんだかんだ使命感や承認欲求のゲームに入り込んでしまうこともあるだろう。
でもこれだけは言える。
例えどんなにあなたが使命感を燃やしたとしても、人や社会は変わらない。
あなた自身があり方で示さない限り、変わることはありえない。
"あり方で示す"
そのためには、あなたがそのゲームを降りられるかどうか、
あなたが純度高いあり方で火を灯し続けられるか、
それにかかっているんだよ。
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