こちらは日暮里ゼミナールの補講の第74回となる#149です。
後半からは、先月の収録後に足を骨折し、電気治療でベッカム並みの快復力を見せる大内も合流。後半の議題は、二村が並々ならぬこだわりを持つ「スキン期(人型外装を持つAIロボの時代)」についてです。
近年、イーロン・マスクが開発を進めるロボットのように、所作が極めて人間に近い機体が登場し始めています。ならば次は、その中身(メカ)にシリコンなどの人工皮膚を被せた「スキン付き」の時代が来るはずだと二村は言うのです。
しかし、いざ議論を始めてみると、「工場ならメカ剥き出しの方が効率的だ」「戦場ならロボットだと割り切れる外見の方がよっぽど怖い」と、ぼくらから次々と異論が噴出。介護の現場においても、生々しい人型よりはベイマックスのような、柔らかくて愛嬌のあるマスコット型の方が受容されやすいのではないか、という結論に至りました。
一方で、ぼくはさらにその先、AIが人間を凌駕したシンギュラリティ以降の世界を予見します。そこでは、肉体という概念すら希薄になり、人間の脳だけが塩水に浮かび、メタバース(仮想世界)の中でアバターとして生きていく。死の概念すら消え去ったその世界では、もはや「スキン」が人工か生身かという議論すら無意味なワケです。
さらに、昨今の「AIに仕事を奪われる」という社会現象を指して、巷では「ギュラれる(シンギュラリティによって職を失う)」という造語まで生まれているのだとか。我々がAI味の残る生成画像や不完全な合成音声を「レトロで可愛い」と愛でていられるのも、今のうちだけかもしれません。
結局、人間は機械に強さを求め、AIは人間に憧れて本来は不必要なはずの「スキン」を欲しがる。そんな、ないものねだりの逆転現象が起きる日は、案外すぐそこまで来ているのかもしれません。
というわけで、ぼくは、超知能AIに「ギュラれる」その日まで、せいぜい人間にしか出せない無駄なニュアンスを撒き散らし、Geminiさんにも敬語を正しく使いながら、神の逆鱗の触れないよう慎ましく生きていこうと思います。
TEXT:ユスカル
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