インドシナ半島を巡る旅、今回は戦争のことを少し話しています。19 60年代から80年代にかけて、インドシナ半島は混乱の時代でした。
その影は、今も濃淡はありますが
どこの国も引きずっています。
今回のインドシナ半島の旅で、私の中に一番強く残ったテーマは「戦争」でした。
観光でカンボジアやラオスを訪れると、まず目に入るのは人々の優しい笑顔や穏やかな暮らしです。しかし、その土地を少し深く見ていくと、今なお消えることのない戦争の傷跡が見えてきます。
カンボジアでは、トゥールスレン虐殺博物館を訪れました。正直、あれほど心を揺さぶられるとは思っていませんでした。私は映画やドラマを見てもあまり泣かない方なのですが、実際に起きた出来事や実在した人々の人生に触れると、どうしても感情が動いてしまいます。
展示を見ながらふと思ったのです。
ポル・ポト政権による虐殺が行われていた頃、私は日本で普通の高校生として暮らしていました。同じ時代に、同じ地球上で、ある人たちは学校へ通い、友達と遊び、将来の夢を語っていた。一方でカンボジアでは、多くの人々が理不尽な理由で拘束され、拷問され、命を奪われていたのです。
その事実を思うと、とても他人事には思えませんでした。
現在のカンボジアは明るく、人々も親切です。観光客に対しても温かく接してくれます。しかし、長く滞在していると、その国のどこかに歴史の影が漂っているような感覚を受けました。もちろん私の主観かもしれませんが、その土地に刻まれた記憶のようなものを感じたのです。
その後ラオスへ向かい、私はさらに衝撃を受けました。
ベトナム戦争というと、多くの人はベトナムだけの戦争だと思っています。しかし実際にはラオスやカンボジアも深く巻き込まれていました。
特にラオスは、小さな国でありながら世界でも例を見ないほど大量の爆弾が投下された国です。アメリカは北ベトナムへの補給路だった「ホーチミン・ルート」を断つため、ラオス国内に膨大な爆弾を落としました。
その量は約200万トンとも言われています。
驚くことに、その多くはクラスター爆弾でした。親爆弾が空中で割れ、無数の小型爆弾が広範囲にばらまかれる兵器です。そしてそのすべてが爆発するわけではありません。大量の不発弾が地中に残されました。
戦争が終わって50年以上経った今でも、その不発弾はラオスの山々や畑の中に眠っています。
農民が畑を耕していて鍬が当たり爆発する。子どもが拾って遊んでいて爆発する。そんな事故が今も続いているのです。
私はラオス各地で不発弾除去活動の展示を見たり、戦争博物館を訪れたりしました。街中には実際に回収された爆弾の外殻が展示されている場所もあります。
そして何より印象的だったのは、そこで暮らす人々でした。
ラオスの人たちは本当に穏やかで優しいのです。笑顔が柔らかく、話し方も穏やかです。そんな人たちが、今なお戦争の置き土産と共に生きている。その現実を知った時、戦争とは決して過去の出来事ではないのだと思いました。
旅というと、美しい景色や美味しい料理を思い浮かべるかもしれません。しかし今回の旅で私が学んだのは、それだけではありませんでした。
その土地の歴史を知ること。
人々がどのような時代を生きてきたのかを知ること。
そして、今の平和や豊かさが決して当たり前ではないことを知ること。
旅は単なる観光ではなく、その土地の記憶に触れる行為なのだと改めて感じています。
カンボジアとラオスを巡りながら、私は戦争の恐ろしさと同時に、人間のたくましさや優しさも見ることができました。
だからこそ、この旅で感じたことを忘れずに、これからも伝えていきたいと思っています。
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