豊かさは、思い出す力の中にあるのかもしれない
昨日たまたま見た動画で、Be・Do・Haveの話を聞きました。
どうやるか(Do)よりも、
何を持っているか(Have)よりも、
まず「どう在るか(Be)」。
偶然なのか、今読んでいる『7つの習慣』でも、
ちょうど似たような話に出会っていました。
不思議だなと思いながら、
今日はずっと
「私はどう在りたいんだろう」を考えていました。
そうして浮かんできたのは、
望むものを、もうすでに
持っていることを
味わう時間を持ちたい
ということでした。
最近、玄関では紫陽花が咲き始めています。
つい見に行ってしまいます。
庭のさつまいもの苗が根付いたかなと気にしたり、
大葉を摘んで、みずみずしいうちに食べたり。
そんな時間が、とても嬉しい。
そして今日、もう一つ思ったことがあります。
愛する対象を思い出す時間を持ちたい、と。
そこで浮かんだのが、祖母でした。
大学生の頃、少し一緒に過ごした時期があります。
祖母は点訳をしたり、目の見えない方の手引きをしていました。
でも、私が憧れた理由は、
それをしていたからではありません。
祖母は、いつも楽しそうだったんです。
そうか。
私が憧れていたのは
「何をしていたか」ではなく、
「どう在ったか」だったんだ。
それに気づいた時、なんだかとても
安心しました。
豊かな日とは、
心が動いた日なのかもしれない。
嬉しいも、切ないも、懐かしいも、美しいも。
効率よく生きることも大切かもしれない。
でも、味わえること、感じられること、それ自体がとても豊かなことだと思いました。
もう会えない人がいても。
もう戻らない時間があっても。
思い出すことはできる。
思い出すことで、今ここに
温かさを連れてくることができる。
だから私は、これからも、
紫陽花を見たり。
大切な人を思ったり。
好きな人たちを意識に上らせたり。
そんな時間を大事にしたいと思います。
あり方は、環境とは別に、
自分で選び続けることができる。
そこには、まだまだ
可能性がある気がしています。
あなたが思い出すと、少し温かくなるものは何ですか?
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