東山三十六峰 夜は更けて
月に浮かぶ 山なみ 墨絵の如し
秋たけて 吹く風の 肌えに寒く
五條橋畔
流るるは 加茂の水
せせらぎて 笛に和す
ひらめくは 薙刀の光
皎皎(こうこう)として 月を宿す
傲然(ごうぜん)たる 弁慶は
猛虎のいけにえに 対する如し
ひょうひょうとして 牛若丸
これに向かって 風の如し
正に柔剛の あい対するところ
一瞬の静寂 みなぎる殺気
次の瞬間 うなりを生じ
白刃 孤をえがいて 牛若を払う
体を開いて これをかわし
低くかいくぐる 薙刀の下
あるいは 高く飛んで 欄干を走り
ほんろうす 正に飛燕のわざ
弁慶ついに 薙刀を捨て
月下いさぎよく その罪を謝す
はじめて源家の嫡流と知り
橋上 かたく結ぶ 主従の盟(ちか)い
五條橋畔 月はさえ
再び 笛に和す 加茂のせせらぎ