カサブランカ
いいひと になりたくて
その仕事を引き受けた
骨を溶かす猛毒のウィルス
培養の作業
皆とても駿足で
ひとりぼっちの研究室
ウィルスは増えて増えて増え続けて
やがて巨大なシャーレの蓋を持ち上げ
わたしの洋服にも下着にも付着しはじめた
年相応に皮下脂肪はぶあつかったから
大丈夫
あなたならできるわ
と 防護服に身を包んだひとびとが
極上のほほえみで
ありがとう を口ずさんだ
働いて働いて休まない日々
いつしかひどく疲れやすくなった
うただけが大好きな唇も
震えが止まらない なのに
遠まきに訪れるひとびとを見出すたび
いいひとのお面だけをつやつやと
ひびだらけの頬に張り付けていた
唇がいっさいの力を失った 朝
あばら骨を一本一本響かせて
のぼりつめた塊が爆発した
洋服も下着もドロドロの痩せさらばえたわたし
見えないコトバ
見えないウィルスがなんだっていうの!
醜いお面 粉粉にして
出会うひとびとへ突撃した
夢中で 夢中で振りまわす拳
硬ばった人々の隙間を
どよめきがタール状に粘っていく
ふいに
軒先の植木鉢ガラガラと倒れて
投げ出された たくさんのカサブランカ
爛れた呼気をくるんで
高速でたちこめる 澄んだ花びらの手に
なめらかで純白の花肉に
初めて深く抱きしめられて
崩れた
黒い斑の浮き出た皮膚の一点から
胸底の膿
よじれて
あふれて
わたしはみるみる小さくなった
カサブランカの静けさに埋もれて
うたが
ひどく遠くで光った
🌟甘茶の音楽工房…水に沈むピアノ
🌟朗読フリーです。
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