「僕は此の世の果てにゐた。」
🌿詩と言葉の美しさをお届けする
「詩と朗読 poetry night」。
第108夜は中原中也の散文詩「ゆきてかへらぬ --京都--」です。スキマ時間に聴いていただければ幸いです。
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「ゆきてかへらぬ ――京都――」中原中也
僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺(ゆす)つてゐた。
木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日|赫々(あかあか)と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停(とま)つてゐた。
棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者(みより)なく、風信機(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。
さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。
煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。
さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持つてゐたとはいへ、布団ときたらば影だになく、歯刷子(はぶらし)くらゐは持つてもゐたが、たつた一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。
女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、会ひに行かうと思はなかつた。夢みるだけで沢山だつた。
名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。
* * *
林の中には、世にも不思議な公園があつて、不気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
さてその空には銀色に、蜘蛛の巣が光り輝いてゐた。
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