今回は、前回の「図に乗るな、お前ごときが!」からの続き。
コーチらしくあろうとしていた鎧。
ちゃんとしていなければ、何者かでいなければ、と思っていた自分。
そこから少し力が抜けた後に出てきたのは、「じゃあ全部脱げばいいのか?」という問いでした。
ありのままに生きたい。
自由にやりたい。
でも、全部を脱ぎ捨てたら、カオスになってしまうのではないか。
家族もいる。
個人事業主として食べていく必要もある。
稼ぐこと、ちゃんとすること、安定させることも、やっぱり大事。
だからこそ、必要なのは鎧を完全に脱ぎ捨てることではなく、
必要な場面では着て、必要ない場面では脱げることなのかもしれない。
スーツじゃなくても、普段着でいい。
パンツ一丁で踊り狂わなくてもいい。
でも、自分の中のふざけた部分や、かすかな抵抗までなくさなくていい。
後半では、AI時代に人間がコーチングをする意味についても話が広がりました。
AIが言葉を介したコーチングをかなり高いレベルでできるようになったとき、
人間に残る価値は、正しさや型だけではなく、
その人の味、存在感、無邪気さ、身体性、わけのわからなさにあるのかもしれません。
今回は、自由とカオス、鎧の脱ぎ着、普段着の自分、そしてAI時代の人間らしさについて、脱サラパパ2人でゆるく本音で語りました。
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