「何かしたい。でも、できない。」
そんな気持ちになったことはありませんか?
熊本地方で大きな地震が起きました。
まずは、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
今も不安な時間を過ごされている方、暑さの中で避難生活をされている方、大切な方を思いながら過ごされている方がいらっしゃると思います。
現地で救護活動をされている皆様、本当に本当にありがとうございます。
一日も早く、安心して眠れる日常が戻ることを願っています。
今回は、災害のニュースを見た時に、私自身の中に生まれた問いについてお話ししました。
私は被災の経験がありません。
だから、被災された方が感じている本当の苦しみを、私が理解することはできません。
でも、東日本大震災や能登の地震、今回の熊本の地震。
そのたびに、胸が苦しくなり、しばらく気持ちが沈んでしまうことがあります。
私の実家は、南海トラフが起きた時に大きな津波の被害が想定されている地域にあります。
だからこそ、どうしても他人事には思えませんでした。
「何かしたい」
「でも、今の自分にできることって何だろう」
募金をすること。
被災地の商品を購入すること。
ふるさと納税をすること。
もちろん、どれも大切な支援だと思います。
でも同時に、こんな問いも浮かびました。
「私は相手のために苦しくなっているのだろうか」
「それとも、自分の無力感を埋めたいだけなのだろうか」
「何かしたいと思うこの気持ちは、もしかしたら単なるエゴなのだろうか」
「こんなことを考えるのは救援や復興にあたっている人に、すごく失礼なんじゃないか…」
そんなことを考えていました。
そして気づいたこと。
支援することと、背負うことは違うのかもしれない。
相手を思うことと、相手の人生の責任を引き受けることは違うのかもしれない。
これは災害支援だけではなく、子育てや教育にも通じる問いなのかもしれません。
放送の中では、娘がアンパンマンの真似をして言った一言と、それを聞いた息子の反応から、私がハッとした出来事もお話ししています。
「誰か困っている人はいないかな?」
その優しさの先に、本当に目指したいものは何なのか。
困ってる人がいなくなることは現実にはない…
だから誰かを助けることも大事。
だけど、その人が自分の力を取り戻して、自分の人生を歩んでいけることを支えることが支援なのかもしれないと思いました。
これは、私が受験生ママに届けたいと思っていることともつながっています。
子どもの人生を親が背負うことはできない。
でも、子どもが自分の力を信じて挑戦できるように、隣で応援することはできる。
まだ私自身、答えが出ているわけではありません。
でも、誰かを大切に思う時ほど、
「私は今、背負おうとしていないかな?」
そんな問いを持ち続けたいと思っています。
あなたにとって、
「支える」と「背負う」の境目はどこにありますか?
よかったらコメントやレターで教えてください。
一緒に考えていけたら嬉しいです。
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