「理解された」と感じるのは、どんなときなのでしょうか。
人とのやり取りの中で、「理解してもらえた」と感じると、安心したり、関係が深まったように感じることがあります。
また、「理解されていないな」と感じる場面も、その状況を感じ取りやすい氣がします。
今回は、僕自身の経験を振り返りながら、「理解された」と感じる、その元にあるものは何なのかを考えてみました。
言葉の意味が一致することなのでしょうか。
意見が同じになることなのでしょうか。
それとも、安心感や「理解しようとしてくれている」という姿勢を感じることなのでしょうか。
考えてみても、はっきりとした答えは見つかりませんでした。
だからこそ、「理解できない」という前提を持ちながら、それでも相手を理解しようとする在り方が、深いコミュニケーションにつながるのかもしれないと感じています。
皆さんは、「理解された」と感じるとき、その背景には何があると思いますか。
こうした日常の問いを、哲学対話の場でも皆さんと一緒に丁寧に考えています。
#哲学対話
#人間関係
#対話