そろそろ9月が終わり、10月に入ってきます。
わたしの感覚だと、10月には、もう来年の空気みたいなエネルギーみたいなものが流れ始めていて、10月なのに、年末年始の空気感もあったりとかして、暑い夏が終わったからなのか、止まっていたものが動き始めるような感じもあって、忙しさを感じてます。簡単に言うと、切り替わりって感じ。
それは、秋分、春分、夏至、冬至、の切り替わりとは、ちょっと違うやつで、未来からやってくるエネルギーが届き始める時期っていうことです。
最近はブログやラジオで教育についてお話をしてるんですけど、我々庶民は、幼い頃から、競争の現場で、強くたくましく立っているように、社会人になってからも、戦えるように耐えられるように、教育を受けてきています。
高い学歴をつけ、それなりの資格を身に付け、真面目に、一生懸命に、努力し、嫌なことは我慢して、必死で頑張れば幸せになれる。そうすればお金を稼げる。と、教えられてきたし、
寒い冬も上着ナシで、くせ毛や天パの髪をストレートにし、ハミパンを気にしながらブルマで授業を受け、自分の心と体はツラいのに、みんなと同じスタイルで、忠実になることが、正解の生き方。と、されてきた。
果たして本当にそうでしょうか?
昭和や平成より緩くなったとは言え、今の教育現場も厳しかった頃とさほど変わらないのでは?と言う気持ちもあります。
収入事情もあるし、物価高もあるし、普段の食事による汚染、スマホやゲームで前頭葉がおかしくなって偏った考え方をする人が増えたり、
元から身に付いている才能や直感力やインスピレーションなど知らないまま、学歴や資格や収入や容姿で、自分をデコレーションすることに必死になってる人が多いのは、自己肯定感の低さの現れだと思います。
得意な教科と不得意な教科があるのは自然なことだし、すべてを、満遍なく、ある程度の点数やレベルにまで持ち上げる必要があるのか…?
ものづくり得意、パソコン操作が得意、人との会話が得意、販売するのが得意、計算なら任せて、電気の配線が得意、介護が得意、人事に関してのあれこれが得意、料理、デザイン、ミシン扱うのが上手、整理整頓が好き、トリミングが得意、足が速い、バスケがうまい、バットを振ったらホームラン…
って言うように、不得意なことはやらないで、得意なものを得意な人が行うことで、社会は回っていくから、苦手を克服するために、いやいや勉強して、意地でも身に付けようとして、でも良い結果が出なくて、自己肯定感が低くなるなら、最初から苦手とわかっているものを得意になろうとする必要はないのでは?と思っちゃいます。
AIがやってくれることもたくさんあるしね。
受験で合格できなかったことを中高年になっても引きずっている人がいます。
自己評価と自己肯定感が低いままオトナになると、自分に魅力はない、自分に能力はない、自分なんてたいした人間じゃない、と、ないない星人になってしまい、なんのために生きるのかわからなくなって、大根は黒と言われたら黒ってことにして、ワクチン打てと言われたら疑わずに打つ。戦争に行けと言われたら疑わずに行く。みたいな、支配層にとって都合の良い人間になります。
それだと、自分の人生を自分で作ってることに気づかず、常に、何かのせい、環境のせい、親のせい、国のせい、政治家のせい、みたいな、他責思考にもなります。
点数が低い教科があっても、苦手なものがあっても、=自分がダメ人間。ってわけじゃないからね。
誰にだって、絶対に、
何かしら才能があります。得意なことがあります。
それを、社会や、人や、動物に、提供する仕事をすれば、めっちゃいい循環が生まれます。
そういえば、昔、
あなたから共感覚(色々見える能力)がなくなったら、あなたの周りから人はいなくなりますよね。
って言われたことあるんですけど、
ぜっっっっっったいそんなことないから。笑
わたしの共感覚を知らないで友だちやってる人たちもいっぱいいるし、共感覚のこと言わなくても、めっっっちゃ友だち作るの上手いから!
どこででも、友だちになれるから!
それがわたしの強みだから!
そんなこと言ってくるやつほど、友だちいないし、人としての、人間性ないんだよな。
他人の評価、他人の価値観、ではなくて、
これやれ、あれやれ、のプレッシャーに従うより、
自分の心が満たされるものを選択し、
自分中心の世界線を作っていきましょう!!!
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