『長恨歌』より
独白(モノローグ)ー楊貴妃から玄宗へー
うす絹が私の首を絞めてゆきます
み仏の動かぬまなこが見下ろしています
梨の枝がたわみ そのたびに
くくりつけた絹が尾を引いて泣いています
ここは馬嵬(ばかい)の宿場
蜀(しょく)の国へと逃れて行く途上
安禄山の軍が長安の都を焼き尽くしてしまう
味方の兵士たちは飢え疲れ
苛立ちが真実をも打ちのめして
いとこの楊国忠
三人の姉たちも
「楊家」ゆえに滅ぼされてしまいました
そして今度は
あなたが用意した絹布(ぬの)で
わたしはくびり殺されてしまうのです
かすれていく景色の裂け目から
38年の歳月が流れ出していく
わたしに罪はあったのだろうか
あなたの愛する皇子に嫁いで5年
今度はその父のあなたに迎えられたわたし
世人の非難も
その時よぎった微かな痛みも
最高のあなたに嫁ぐ名誉に
この胸で堅く封印いたしました
なめらかに引き締まった白い肌
咲き初めた花のように
艶を含んだ見目形
天から与えられたわたしの美しさは
華やかに装うことでさらに匂い立ち
茘枝(レイシ)の果肉に歯をたてるように
あなたに深く喰い込んでいったのてございます
わたしはあなたの足を掬(すく)ったのでしょうか
ひとびとは国盗りの欲望に果てしなく
疑いと報復とはかりごとにまみれて
親が子を 兄が弟を 妻が夫を
平然と手にかける世の中で
あなたは真に安らぐ時などなかったのでしょう
身も世もあらずわたしを愛したように
朗らかな武人の安禄山(あんろくざん)を許した
無邪気な仮面の内側で 密かに爪を研いでいた男に
わたしさえ揺らめいたことがあったのでございます
定かな形など無い 人の世のはかなさを忘れて
贅(ぜい)に安んじ生きていたわたしたち
いま わたしは死なねばならない
血走った兵士たちの魂を鎮めるために
わたしは死なねばならない
滅びてしか生まれない新しい時代のために
そして あなたの愛を永遠に独り占めするために
わたしの生涯が宙をつかみながら
はらはらと砕けてゆくのです
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