昭和の高校時代はバスケット部。汗が滴る体育館に、気合いと根性を叩き込む指導者の声が響く。長身を活かし、バスケットボールに打ち込む一人の若者がいた。それが成田さんだ。
「足がつったら鍛え方が足りない」と怒られる。当時、足がつりそうになると、必死に戻そうとした。水も飲ませない猛練習。グラウンドを何十周も走らされる日々。今では考えられない昭和特有の指導方法だった。
しかし、成田さんの心の中には、ある「悔しさ」が渦巻いていた。それは単なる試合の勝敗ではない。チームの作戦に対する自分の意見が聞いてもらえないという現実。
外からシュートを決めても「外から撃つな。作戦と違う!」と怒られる。なぜその練習をするのか、どんなプレーを目指しているのか、説明もない。ただ言われた通りにやる。その状況に対する深い「悔しさ」だった。
「もっと違う戦い方があるはずだ」。そう思いながらも、怖くて言い出せない。意見を言えば目をつけられ、さらに厳しい指導が待っている。一人で練習してみても、バスケットは一人ではできない。その壁に直面しながら、成田さんは高校時代を過ごした。
時は流れ、社会人になった成田さん。金融機関で働き始め、キャリアを重ねていく中で、新たな発見があった。それは「権限」と「責任」の持つ力だ。特に地方金融機関へのナンバー2としての出向は、大きな転機となった。
約400人の組織。その中で、自分の判断で物事を動かせる立場になった時、成田さんは気づいた。出向者という立場に縮こまるのではなく、その組織の一員として主体的に関わることで、課題は必ず解決の糸口が見つかることを。
情報が集まれば集まるほど、判断力は高まる。部下たちとのコミュニケーションを深め、一つ一つの課題に向き合う。その過程で見えてくる人々の性格や本質。それを理解していく過程そのものが、成田さんにとって新たな「楽しさ」となっていった。
その原動力となったのは「好奇心」だった。
多くの優秀な管理職が、責任の重さに縮こまってしまう中、成田さんは違った。好奇心を持ち続け、新しいことに挑戦し続けることで、組織は変わり、成果は生まれていった。
昭和の体育館で感じた「悔しさ」は、今や異なる形で実を結んでいる。かつて声を上げられなかった若者は、今や部下の声に耳を傾け、共に成長する指導者となった。そして、その過程で見つけた「好奇心」という原動力は、今も成田さんの人生を豊かに彩り続けている。
「好奇心は誰もが持っているものです。子供たちを見てください。みんな好奇心の塊じゃないですか」
成田さんはそう語る。年を重ねても、その好奇心を失わないこと。それが、充実した人生を送るための鍵なのかもしれない。昭和の体育館から始まった成田さんの物語は、私たちに新たな気づきを与えてくれる。時に立ち止まり、内なる好奇心に耳を傾けることの大切さを。
そんな成田さんの人生は、ぜひ生の声で聴いてみて下さい。
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