【平家物語 巻十一「那須与一」より抜粋】
矢ごろが少し遠いので、与一は馬を六間程海の中にうち入れた。しかし扇までは、まだかなりの距離がある。
二月十八日午後六時頃のことである。折柄、北風が激しく吹いて、舟は上へ下へとゆれるので、それにつれて、扇も上下に動揺していた。陸の源氏、海の平家は音一つせず、しーんと静まり返って、この様子を眺めている。与一は、じっと目をつぶった。
「南無八幡大菩薩、我が生国の日光権現、宇都宮那須|湯泉《ゆぜん》大明神、願わくは、あの扇の真中を射させ給え。もし射損ずることあらば、生きて再び故郷に帰る事もできませぬ。何卒お力を与え給え」
目を開けてみると、心なしか、風が少しおさまって、扇の位置も、さっきよりは安定しているようであった。与一は、漸く気を取り直すと、心を落ちつけ、鏑矢をつがい、ねらい定めて、ひょうと放った。小男とは言いながら、名うての強弓、鏑矢は、あたり一面に響く程の音をたてながら、扇の要《かなめ》の一寸ばかりの所に見事に突き刺さり、扇は空に舞いあがり、きりきりと一つ二つ舞っていたが、さっと海に落ちていった。紅に日の丸を描いた扇が、波にゆられ、浮きつ沈みつしているのを見ながら、平家は舷《ふなばた》をたたき、源氏は箙《えびら》をたたいて、この見事な弓取りを賞《ほ》め讃えたのであった。
(青空文庫:尾崎士郎訳 『現代語訳 平家物語』第十一巻より)
くが=陸
くつばみ=轡(くつわ)=馬具
かぶら=鏑矢
こひょう=小兵
みな紅の扇の日いだしたるが=金の日輪を描いた皆紅の扇が
えびら(箙)=矢を入れる武具
🌿コチラジ妄想放送局:kocchi-さん
https://stand.fm/episodes/6870e1ff56f92b6f93868dcc
🌱郎女のInstagram
https://www.instagram.com/p/DMFyAbHhPzW/?igsh=MXg4b2puajl4eGlmbQ==
https://www.instagram.com/reel/DMAr-JrBlmh/?igsh=MWdkaXliYjQ5M3ZyMw==
#平家物語 #那須与一 #語り
#詩と朗読 #詩の朗読 #poetrynight
#音声配信 #ラジオ放送
#朗読 #スタエフ朗読部