大切な誰かと死に別れる時、「もっとこうしてあげたかった」「あんな事しなければ良かった」とかって、作者も思ったのかもしれません。
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松の針
さつきのみぞれをとつてきた
あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた
((ああいい さつぱりした
まるで林のながさ来たよだ))
鳥のやうに栗鼠のやうに
おまへは林をしたつてゐた
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
おまへの頬の けれども
なんといふけふのうつくしさよ
わたくしは緑のかやのうへにも
この新鮮な松のえだをおかう
いまに雫もおちるだらうし
そら
さはやかな
terpentineの匂もするだらう
一九二二、一一、二七
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terpentineはオランダ語で石油を蒸留して作られる化学物質らしいのですが、この作品では、turpentine(英語)で松脂の精油の事だと思われます。
松の匂いを思い浮かべると、死の淵で悲しいのに爽やかさが添えられて…😢
#朗読 #青空文庫 #宮沢賢治 #春と修羅