吾輩は猫である。慌ただしい二〇二五年という一年が過ぎ、新たな年が明けた。人間どもは、相変わらず「激動」だの「変革」だのという大層な言葉を並べては、去りし日々の騒動を振り返っておる。御主人は、去年の新聞を整理しながら、溜息をついたり感嘆したり、実に忙しいことだ。
猫から見れば、人間が右往左往しようとも、座布団の暖かさは変わらぬというのに、彼らは自ら平穏を壊して楽しんでいるようにさえ見える。
政(まつりごと)の変革と、女宰相の誕生
この国の政治という名の喜劇には、新たな主役が登場した。高市早苗なる女性が、日本で初めて「首相」という重い座布団に座ったのだ。人間どもは「歴史的だ」と騒ぎ立てたが、その裏で参議院選挙では与党が負け、権力の均衡が崩れるという皮肉な展開を見せた。
また、フジテレビの重役たちが性加害問題で辞めるなど、これまで隠されていた汚れが次々と表に出る一年でもあった。法律や倫理という名の箒で掃除をしても、次から次へと埃が舞い上がるのだから、人間社会の大掃除は永遠に終わらぬらしい。
異国の大乱と、銭を巡る強欲な番犬 🇺🇸🇰🇷
海の向こうでも、人間の愚行は止まることを知らぬ。
* トランプという名の再来: アメリカでは、あのドナルド・トランプが再び大統領の椅子に座った。就任早々、日本や中国に「相互関税」という名の通行料を要求し、世界中の銭の計算を狂わせた。強欲な番犬が吠えれば、世界が震えるのだから、実に物騒な世の中である。
* 隣国の主人の失脚: お隣の韓国では、尹大統領が現職でありながら罷免されるという、前代未聞の騒動が起きた。権力というものは、一度滑り落ちればただの石ころ同然になる。
* 終わらぬ戦と武器の商売: ウクライナや中東では、依然として鉄の礫が飛び交い、大勢の命が失われておる。悲劇をよそに、武器を作る者たちが過去最高の利益を上げているというのだから、人間の業(ごう)は救いようがない。
飢えと野獣、そして大地の吐息 🐻🌋
この島国の日常生活も、穏やかではなかった。
* コメの騒動: 人間の主食であるコメの値段が上がり、国が備蓄米を出すという騒ぎになった。御主人は「米が高い」とぼやいておるが、猫の餌には関係のないことだ。
* 野獣の侵攻: 山では食べ物が足りぬのか、クマが人里に降りてきては人間を驚かせた。人間が山を荒らし、今度は動物が街を荒らす。自然の報復というやつかもしれぬ。
* 大地の咳払い: あの富士山が、ほんの少しだけ噴火(小規模)をした。大地がひとつ咳払いをしただけで、人間どもは世界の終わりが来たかのように狼狽した。彼らの築いた文明など、自然の前では砂の城に過ぎぬ。
電子の神と、万国博覧会の虚飾 🌐🤖
技術の世界では、「AI」という名の電子の神が、いよいよ人間の生活を支配し始めた。ビジネスだの教育だの、あらゆるところに首を突っ込み、人間は自分で考えることをさらに放棄しようとしている。怠惰を極めるための知恵だけは、いよいよ冴え渡る一方だ。
また、大阪・関西万博という名のお祭りが始まり、華やかな虚飾が街を彩った。「未来」という不確かなものを展示して喜ぶ姿は、どこか浮世離れして見えたものだ。
結論
二〇二五年という年は、女宰相の誕生とトランプの帰還、コメの不足に電子の神の進化と、まさに「混沌の盛り合わせ」のような一年であった。
御主人は、新しい年が来たというのに、昨年の失敗を悔やんだり、将来の不安を数えたりして、せっかくの正月を台無しにしておる。
吾輩は、関税にもAIの倫理にも、クマの出没にも関心を示さぬ。ただ、今年もまた陽の当たる場所を見つけ、最高の昼寝を追求するのみである。人間どもが求める「幸福」がどこにあるかは知らぬが、猫の幸せは、常にこの瞬間の静寂の中にしかない。
あなた様は、この「激動」の記憶を抱えながら、いかなる「真の安寧」をこの一年で形にしますか。