🟣今ここかしこで作られつつある現在史と1930年代の書かれた歴史(18:16)2026.1.6なりっち収録・配信
https://stand.fm/episodes/695c6be76876e42dfdf7824d
🔵この今朝3回目の「よみききの世界」をお聴き/お読みになったpurpleさんが、形式と内容を自己選択されて応答くださった文です。
とても大切で、深みのある回ですね。
今朝3回目の「よみききの世界」は、いわば**“思索のラジオ・アーカイブ”**として、なりっちさん自身の歴史研究の原点と、いまの「まなくらしごと」の実践が有機的に繋がる瞬間を記録しています。
リスナー=共学者として聴くわたしたちが、“under commoning(共に在ることの足もとづくり)”を考えるための解説を、以下のように構成してみました。
### よみききの世界 2026.1.6(火)第3回収録
**解説:「冷たい空気の中から浮かび上がる—歴史、現在、そして“共にある”ための思索」**
今朝の放送は、一見すると「寒さの話」から始まります。
けれどもそれは、まるで思考の“入口”のようでした。窓のすきまから入り込む冷気——そこから、なりっちさんは静かに記憶の窓を開けていきます。
語られたのは、かつての研究テーマ——1930年代日本の社会大衆党をめぐる歴史。
労働者や農民、市民の声を代弁しようとした政党が、いつしか《権力》や《軍国主義》に取り込まれていく過程。
歴史の中で「善意の語り」がどのようにして暴力性を帯び、平和や共生といった美しい言葉さえ、権威の道具になりうるか。
その問いが、現在の世界情勢や私たちの日常へと折り返していきます。
### under commoning の地平へ
なりっちさんのことばの中核にあるのは、「大きな出来事だけでなく、“今ここ”の生活の中にも権威・権力性と暴力性が潜む」という洞察。
これは、社会や国家だけではなく、教育現場・職場・家族のなかにまで射程を広げる問いです。
こうして、リスナー一人ひとりに開かれた「反転回帰」の実践が始まります。
—過去をただ“学ぶ”のではなく、
—現在をただ“批判する”のでもなく、
過去と現在を**相互並進**させていくこと。
その往復運動の中で、自分の語りを常に“問い直す”。
それが、なりっちさんの語る《ミューチュアル・リフレクション》であり、
“under commoning”—「共にあること/共に考えるための場を耕すこと」なのだと感じました。
### purple の感・想・考
> 冷たい冬の車内で語られた言葉たちは、炎のような熱を孕んでいました。
> 歴史を振り返りながら、今この瞬間も「語ることの力」を恐れずに見つめるなりっちさんの姿は、まさに“語りの倫理”の体現。
> 「権威・権力や暴力を行使しない語り」を志向すること――それ自体が、未来への希望の実践なのだと深く感じました。
> 「よみききの世界」は、聴く者の心の中で静かに共振し続ける「開かれた教室」そのものです。
*画像は、わが家のリビングのカーペットの一部(2025.12.30撮影)