「もし、子どもの不登校がなかったとしたら、どうなっていたと思いますか?」
水曜日、ある方からもらったこの問いで、私ははっと気づきました。
全然、意識していなかったことに。
私はずっと、父からの「愛情と心配からくる過保護や干渉」が嫌でたまらなかった。
それなのに、自分が親になったら、同じことを子どもにしていたんです。
あんなに嫌だったのに。
やめたいと思っていたのに。
でも、やめられなかった。
ところが、子どもの不登校が起きて、私自身も引きこもるような時期を経験して、もう「どうこう言う」どころじゃなくなった。
気づいたら、私が引きこもりから出てきた頃には、子どもは社会人になっていて、何かをコントロールしようとする時期は、もう終わっていました。
結果として、私は「愛情と心配からくる過保護・干渉」を、強制的に手放すことになっていました。
変われたというより、変わらざるを得なかった。
それどころじゃなかった、という方が近いかもしれません。
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去年2月、84歳の母が腰の骨を折り、絶対安静に。
それまで「お父さんの料理は清潔じゃない」と、料理も洗濯も一切父にさせなかった母が、寝たきりになって、そんなことは言っていられなくなりました。
父が料理をし、洗濯をし、生活を支えるようになった。
そのとき母が言った言葉が、忘れられません。
「こんなことでもなければ、私、変われなかった。」
それを認めて、言葉にできることが、すごいなと思いました。
そして気づいたんです。
ああ、私も同じだな、と。
子どもの不登校がなければ、私はきっと、変われなかった。
母も、腰の骨を折らなければ、変われなかった。
こんなことが起きたから、こんな形だったからこそ、実は心の中では望んでいた方向に、変わることができた。
天に放った望みは、思いもよらない形で叶う、という話を聞いたことがありますが、本当にそうなのかもしれないと、今、驚いています。
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子どもの不登校から、数えたら、もう8年ほど経っていました!
今はもう、大人同士の関係です。
「こんなことでもなければ変われなかった」
でも、
「こんなことが起きたから、変われた」
そんな不思議さに、今、静かに驚いています。
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ネオDJもりこさん作の
『人生は旅』