はじめに
映画を見てきた。
『中国山地 牛と人風土記』という作品で、横川シネマでやっていた。
中国地方でかつて広く行われていた「牛馬市(ぎゅうばいち)」を中心に、牛と人間の関わりを記録したドキュメンタリーだ。
牛馬市は今はもうない。
そのため、当時のことを知っている人たちへのインタビューと、中国地方と牛との関わりを丁寧に映していくというつくりになっている。
花田植えのような農耕文化がなぜ生まれ、何を意味していたのかも、この映画の中で解説されていく。
見ていて、自分の中でバラバラだった知識がつながっていく感覚があった。
「あそこには牛馬市があったんだよな」と、チラッと聞いていたことが「こういうことだったのか」と腑に落ちていった。
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神戸牛のルーツは神戸ではない
中国山地は、日本の和牛のルーツとも言われている。
もともと中国産地では非常に質の高い牛が育てられていた。
神戸牛も実は神戸で作られたわけではなく、ルーツをたどれば兵庫県の但馬に行き着く。
産地名のついた高級和牛の多くが、実は中国山地で生まれた牛たちの子孫だ。
なぜ中国山地でいい牛が育ったかといえば、山間地の農業において牛が不可欠だったからだ。
牛は食べるものではなく、働く仲間だった。
田を耕し、代掻きを引いて田植えを助ける。
牛の力なしには農業が成り立たなかった。
だから牛を大切に育て、良い牛を作り続けることが、農家にとって死活問題だった。
牛は屋内で飼われていた。
家族同然の扱いで、財産でもあった。
牛が病気にかかって死んでしまえば、その一家は立ち行かなくなるかもしれない。
それくらいの重みを、一頭の牛が持っていた。
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博労の語源は伯楽だった
この映画を見て初めて知ったことがある。「博労(ばくろう)」の語源だ。
博労というのは、牛や馬の売買を取り仕切る人たちのことだ。
牛馬市で牛のやり取りをつなぐ仲介業者とも言える。
どこか「正業ではない」というニュアンスのある言葉で、水商売や博打打ちに近い、見世物をやる人を指す「香具師」という言葉とも通じるような、そういうニュアンスがある。
この博労の語源が「伯楽(はくらく)」だという。
伯楽とは、元々は獣医や牛馬を育てる仕事をしていた人のことを指した言葉だ。
「名伯楽」という言い方で、優れた指導者を指す使い方が今も残っている。
それがなまっていって「博労」になったという。
こういう語源の話は面白い。
言葉の中に、失われた仕事や社会の記憶が宿っている。
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花田植えがなぜ行われたのか
花田植えといえば、壬生の花田植えが一番有名だ。
田植えのときに、早乙女と呼ばれる女性たちが田の中で植え、周りで男性たちが太鼓を打ち鳴らす。
今は文化財として保存されているが、「なぜこういうことをしていたのか」を理解しないまま「お祭りですね」で終わらせてしまうと、本質が見えなくなる。
花田植えの背景には、牛を中心とした農耕社会の仕組みがある。
農村の人々と牛との関係、そして早乙女たちがなぜ田植えを担ったのか。
この映画はそこを丁寧に解説していた。
面白かったのは、祭りが男女の出会いの場だったという話だ。
盆踊りも花田植えも、当時の若者にとって異性と顔を合わせられる数少ない機会だった。
自由恋愛などというものはない時代に、祭りという場を社会の設計図に組み込んで、そこで誰かを見染めて口聞きしてもらって、お見合いへとつながっていく。
5月の田植えが終われば秋祭り、そしてお盆の盆踊り。
農村生活の中に、人と人をつなぐ仕掛けが組み込まれていた。
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人間と共に生きてきた動物たち
牛は今では食べるためだけの生き物のように扱われているが、長い間人間と共に生きてきた動物だ。
牛のルーツは中東あたりで、ガリア戦記の中にも牛に似た動物が登場するくらい、紀元前の時点で家畜化されていた。
日本には弥生時代に大陸から入ってきた。
おとなしく、力があり、人間にとって使いやすい動物として、農耕の場で長く重宝されてきた。
馬が戦場と速さで重宝されてきたのと対照的に、牛は農業の力として人間の暮らしを支えてきた。
最初に家畜化されたのは犬だと言われている。
番犬として夜の安全を守り、猫はエジプトあたりがルーツで、ねずみを捕ってくれることで人間の食料を守った。
どの動物も愛玩でなく、人間のために役立つ存在として共依存の関係を築いてきた。
そういう長い歴史の中で、牛もホルスタインのような乳牛と、和牛のような食肉用に分化してきた。
今の和牛のおいしさも、中国山地で牛を大切に育ててきた人たちの積み重ねの上にある。
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映像で残すことの意味
本で残すのもいい。
だが映像で残すことは、より多くの人に届く力がある。
牛馬市が行われていたのは、ほんの100年ほど前のことだ。
昭和の初め頃まで、その形跡は残っていた。
当時のことを知っている人たちの語りを、映像として記録しておくことの価値は計り知れない。
見た後で「見て損した」とはならない。
そういう種類の映画だった。
机の上の知識だけでは見えてこない、地続きの歴史がある。
自分たちの今の生活は、牛と共に生きてきた人たちの上に積み重なっている。
そのことを、映像を通して実感できる映画だと思った。
もし機会があれば、ぜひ。