楠木建著『ストーリーとしての競争戦略』解説:究極の戦略構造「5つのC」
本書が提唱する競争戦略の神髄は、「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」にあります。戦略の本質は、競合との「違いをつくって、つなげること」であり、個別の打ち手(静止画)が因果論理で結びつき、全体として動きと流れを持つ「動画」になることが、持続的な成功の鍵です。
企業の最終目標である「長期にわたって持続可能な利益(SSP)」を実現するため、戦略ストーリーは以下の「5つのC」で構成されます。思考は「結→起→承→転」の順に進めることが推奨されます。
1. 結:競争優位(Competitive Advantage)
戦略の最終的な論理であり、ゴールです。軸足は次の3つのうちのいずれかに置かれます。
WTP(Willingness To Pay:支払意思額)を増大させる。
コスト(C)を削減する。
ニッチ特化による無競争状態を築く。
2. 起:コンセプト(Concept)
ストーリーの起点であり、「本当のところ、誰に、何を提供するのか」という本質的な顧客価値を定義します。優れたコンセプトは、「誰が、なぜ喜ぶのか」という人間の本性を捉えること、そしてターゲットではない「誰に嫌われるか」を明確にすることが重要です。
3. 承:構成要素(Components)
競争優位を実現するための具体的な「打ち手」です。
SP(戦略的ポジショニング):何をするか、「何をやらないか」というトレードオフの選択によって競争圧力を回避します。
OC(組織能力):他者が容易に真似できない組織特殊性やルーティン(トヨタ生産方式など)によって競争に対抗します。
4. 転:クリティカル・コア(Critical Core)
戦略ストーリーの独自性と一貫性を支える中核的な構成要素で、「キラーパス」と呼ばれます。 これは、「他の構成要素と同時に多くのつながりを持っていること」と、「一見して非合理に見えること」という二つの条件を満たします。部分的な非合理性が、ストーリー全体では強力な合理性となり、競合の模倣を忌避させることで、持続的な競争優位の源泉となります。
5. 評価:一貫性(Consistency)
ストーリーの筋の良さ、すなわち評価基準となるのが「一貫性」です。これは以下の3つの次元で評価されます。
強さ:因果関係の蓋然性の高さ。
太さ:構成要素間のつながりの多さ(一石何鳥にもなるパス)。
長さ:時間軸でのストーリーの拡張性や発展性(好循環の論理)。
優れた戦略ストーリーは、これらの要素が論理的に「なぜ」と結びつき、実行にかかわるすべての人々が思わず話したくなるような面白さを持っていることが不可欠です。