【戦略論】なぜスターバックスは「原点回帰」を選ぶのか? 競争優位を生む物語の力
「家でも職場でもない第三の場所(サードプレイス)」という魔法の物語で世界を魅了したスターバックスが、今、深刻な危機に直面しています。最新の業績報告書は、その苦境を数字で残酷なまでに示しています。既存店売上高は7%減、客足(取引件数)は8%減。特にホームグラウンドである北米では取引件数が10%も減少しており、「景気が悪いから」では片付けられない構造的な問題が浮き彫りになっています。
この危機の本質は、ビジネスモデルの陳腐化ではなく、かつての競争優位の源泉であった「物語」、すなわち内部の活動と結果がシームレスに繋がる因果関係の連鎖が途切れてしまったことにあります。
🚨 途切れた「完璧な物語」の連鎖
かつてのスターバックスの強さは、直営方式によって徹底的にコントロールされた店舗の雰囲気、最高のコーヒー、そして親切なバリスタ(パートナー)のサービスが「一貫した心地よい体験」を生み出し、それが高い支払い許容価格(WTP)を支えるという完璧な好循環の物語にありました。
しかし、この物語の因果関係(ロジック)は、近年の急速な変化の中で断絶してしまいました。
デジタル機能の暴走:モバイルオーダーの普及は、結果的に店内でコーヒーを待つ人の行列を作り出し、「サードプレイス」を単なる受け取りカウンターに変質させてしまいました。
現場の疲弊:バリスタの91%が「人手不足」を感じている状況では、かつてのような丁寧な接客や、顧客との人間的な繋がりを育む余裕がなくなり、体験価値が著しく低下しました。
空間の変質:最近の店舗デザインが、効率的な受け取りを重視しすぎた結果、昔ながらの落ち着いた滞在空間の魅力が薄れてしまいました。
これらはすべて、かつて顧客が感じた「特別な体験価値」を崩壊させた原因であり、顧客離れという形で数字に現れているのです。
✨ 再接続を試みる「Back to Starbucks」戦略
この危機に対し、新CEOは「Back to Starbucks(スターバックスへの回帰)」という再建策を打ち出しました。これは、途切れてしまった競争優位の物語を「再接続」しようとする、非常に論理的な戦略です。
主な戦略の柱は以下の3つです:
店舗の再設計:2026年までに1000店舗以上を改修し、照明や座席、電源を見直すことで、物理的な「滞在価値」を回復させます。
緑のエプロンへの再投資:現場のバリスタに大規模な投資を行い、管理部門のスリム化によって生まれたリソースを現場に回し、時給を2025年度末までに2020年度比で倍増させる計画です。物語の主役(パートナー)の力を取り戻す狙いです。
デジタルの再定義:アプリを単なる注文ツールとしてではなく、顧客との関係を深めるためのツールとして活用し、リアルな店舗体験との融合を図ります。
💔 戦略の足かせとなる「信頼の溝」
戦略の設計図は完璧に見えますが、その実行には最大の難関が立ちはだかっています。それは「人」、特に経営陣と現場の従業員との間に横たわる深い「信頼の溝」です。
現在、スターバックスは労働組合との交渉が膠着しており、組合は人手不足の解消、生活できる賃金、そして不当労働行為の解決を求めています。
一方で、CEOの年間報酬が約140億円(約9600万ドル)に上り、さらに社用ジェットでの通勤が指摘されるなど、経営層の行動が「地球から受け取る以上のものを与える」という社会的コミットメントと矛盾していると見られています。
この「言行不一致」は、現場の士気を著しく下げ、「どうせ口だけだろう」という不信感を生んでいます。どんなに美しい戦略も、それを実行する主役であるバリスタたちが経営陣を心から信じ、再び輝くことができなければ、新しい物語は生まれないでしょう。
💡 企業戦略における「物語の力」という教訓
スターバックスの再建策は、戦略とは、外部環境に対応するだけでなく、内部の構成要素(活動)が論理的かつ情動的に一貫して繋がっている「物語」そのものである、という経営戦略の原理原則を私たちに示しています。
問題点の特定も解決策も的確ですが、その戦略を支える「職人」(バリスタ)たちが、語り手である「設計者」(経営陣)を信じられるかどうかが、成否を分ける最大の論点です。
あなたの会社や組織の「競争優位の物語」は、現場で働く人々の心に響き、切れ目なく実行され続けているでしょうか?