Tantra Life Japan主催の1Day
「Introduction」に参加した体験を振り返って。
◆肉体と精神の探求の道に出会って3年目
僕は3年前に「早く天に還りたい」その想いが日増しに募るなかで、
動的瞑想の場タントラライフジャパンに出会った。
その年の合宿で「自分を愛する」という人生のテーマが降りてくる体験をして、
そこからほぼ毎月この場に身を置いている。
◆音に身を委ねて、からだを動かしていくと、それはやってくる
せきを切ったように泣く。込み上げてくる。何回も。
なかなか普段、ここまで出てくるこはない。
寂しさや、悲しみ、残念さは、日常で表に出る機会がない。
身体に意識を向けて、音に身を委ねていると、
まっさらな自分から、突如、出てくるものがある。
僕はこれに、とても助けられている。
だから、この場に身を置くのだと思う。
◆人生の初体験
「ロンリネス」と「ソリチュード」の違い。
この言葉は、樋口耕太郎さんの書籍「人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である」から
受け取らせてもらっているもの。
「人が最も避けたいと思っているものが孤独である」
僕はまさにそう。
今回は孤独ではない、ソリチュードの体験ができた。
具体的には、ランチタイムのときに、
人の輪から自分で抜けて、ソロタイムをとった。
人がいる場で、こんなことをしたのは、人生で初めて。
せっかく人と一緒にいる機会。
人の話を聴くことで自己発見があったり、
相手の価値観や大事にしていることがわかったときの喜びが、
僕にとってはとても大きい。
ただ昨日は、人と話して拡散していくより、
午前中の自分の体験を大事にしたい感覚があった。
以前なら「出会いの機会なんだから」と頭が働いて、
自分の感覚よりも、
コミュニケーションを取りにいったが、
今回は、取りにいかなくていいと思えて、
ソロでいる豊かさを味わえた。
すると、後半、
僕を見つけて友人が来てくれて、
また話し合う時間が生まれていった。
こういった、損得や不安から取りに行かない
自分の感覚を信頼して生きる、この感じを忘れたくない。
◆野生の感覚を思い出す
動物になるワークの中で、
「威嚇する」という行為がまったくできない自分がいた。
完全に凍結させてしまっている。
普段の暮らしの中で
妻は適宜、不満や怒りを伝えてくれる。健全なレベルで。
以前はそのことに強い懸念を抱いていたが、
それは「俺はこんなにガマンしているのに」
という裏返しから来ていたのがわかった。
ワークの中で後半、野生にスイッチを入れられた感覚があった。
そのときの体感覚。
自分の中にあるエネルギーと自分の身体がちゃんとつながっている。
塞がれていない。
自分の中にある野生への自覚、
それを健全に扱えるかどうかは、
自分らしく豊かな人生を送るうえで外せない要素だと思う。
◆性は入口
それってどいういうことなのか?
ここから探求していく。
自分自身を知っていくための入口を見つけたような嬉しさがある。
これを読だり聴いたりして、何が響いたり、違和感を感じたりしましたか?
自分を知る/内側を探求するきっかけになれば幸いです。
<関連リンク>
Tantra Life Japan
https://www.tantralife.jp/